二十七日に関西大学の講義があるので、このところ、集めた膨大な資料に目を通すことで忙しい。大学の授業はわずか九十分だから、格別大変な準備をするわけではないのだが、この際、自分の為にしっかり調べたいと思ったからである。
 
アラビア石油は、かって2000年に採掘権の更新の時期を迎えたが、その交渉に通産大臣であった私がサウジアラビアにでかけたことがある。その前後の経緯を、中東事情も交えて講義して欲しいというのが今回の依頼である。

 アラビア石油は、日の丸太郎といわれた山下太郎が1958年に起こした会社である。サウジアラビアとクエートとの中間地帯にあるカフジで、なんと一発で石油を掘り当てた幸運なスタートで、以来40年も操業を続けてきた。
 その契約期限が切れるので、何とか更新したいと必死の努力が為されていたのである。
本来、この会社は一民間会社だから、国が直接交渉に乗り出すのはおかしいことなのだ。しかし、アラビア石油は日本の資金で起こした最初の石油採掘会社だし、何よりも日本とサウジアラビアの友好の象徴的存在であったので、あえて国も対応しようということになったのである。

交渉は極めて難航した。我々もかなりの好条件を提示したのだが、相手はなんとも無理な難題を押し付けてきた。
アラビア半島北の内陸部から海岸部まで、鉱山資源を運ぶために1400キロにわたる鉄道を引いてくれと言うのである。しかも、これらを全部日本が建設し贈与してくれというのだから、厚かましい話ではないか。
日本側からは、鉄道建設に協力するために国際協力銀行から5000億円の融資をさせる、その金利は負担する。更に、今後十年間、6000億円の投資実績を創るという提案をした。
何度も首脳陣との会談を重ね、最後はリヤドから100キロ以上も離れた砂漠のテントに居るアブドラ皇太子(現国王)を深夜訪ね、直談判に及んだのだ。しかし、どうしても鉄道建設無しでは了解出来ないということであった。
 建設に2310億円,維持費に毎年110億円、これを25年も続けてくれと言うのだ。そんな資金を国民の血税で払うことなどできない。話にならない。私は、断固「NO」ということにした。
 この時の私の決断は、おおむね各界から評価された。
大事なことは、この問題が不調になっても、サウジアラビアとの関係にひびが入らぬようにすることだ。私は執拗なまでにその事にこだわり、会合の度に何度も確認し、アブドラ皇太子やナィミ石油資源大臣からも確かな言質を得た。

あれから、もう12年がすぎた。
 数々の当時の資料を見る中で初めて発見したのは、いわゆる学者と言われる連中の無責任な一方的な批判の論文であった。
 あの頃、そんな批判論文を知っていれば、絶対に黙ってはいなかったのだが、今改めて読んで腹を立てている。

中でも、特にお粗末でいい加減だったのが、中央大学の伊藤冶夫氏のものである。
やたらとアラビア石油の社長贔屓で、「危機を救う為の土壇場の懸命の努力もむなしく駄目になった。社長のその痛恨の気持ちがわからないか」と書いてある。
当時、すでに話題になっていたが、サウジ側が鉄道は可能だと受け止めた背景には、この社長の軽率な失言がもとにもなっていたのだ。
また、この時、仮に更新出来たとしても、それは単なる契約延長ではないことも知らないようであった。実は、更新後のサウジ側の計画では、アラビア石油の100%出資の子会社を作らせ、サウジの役員を入れ、これを現地操業会社にしようというものであった。いわば事実上、採掘権の引揚なのである。
 更に、サウジ側の全く有利な条件を日本がのめば、その影響はたちまち各所に及ぶ。3年後に更新期日となるクエート、2017年のインドネシア石油、2018年のジャパン石油開発と、その度に、これが前例になって日本は追い込まれること必定なのだ。
 しかも、日本が安易な対応をすれば、石油メジャーはじめ輸入諸国から大きな反発と批判を招くことにもなる。

 当時のアラビア石油の年間売上げは約2000億円であった。その内、サウジとクエイトへのロイヤリティ、税金、操業経費等で90%を占めている。だから利益は―18億円だ。
 日本側は、外国だから税額控除で、なんと40年間で4.4億円にすぎない。
サウジアラビアの石油を発見したのはアメリカだ。その会社がアラムコ石油だったが、これもとっくにサウジの会社になっている。つまり、もう外国の会社には任せないで、すべ
て国有化するというのがサウジ側の基本方針だったのである

私が最も配慮したのは、採算性の取れない鉄道計画に、国民の血税は断じて使えないということだった。学者はそんな深い考察力は無い。鉄道ぐらい敷いてやれだからあきれる。

彼が一番批判したのは、私が「契約更新が出来なくても大きな影響はない」と断言したことであった。
「軽く見ている、甘い・・・」の連発で、さらに「深谷大臣は、選挙を控えて実業界への気兼ねもあって何もできない」とまで書いている。そんなことは夢にも考えていなかったことで、学者の想像力の豊かさ?に思わず笑ってしまった。
彼の決定的な誤りは、「これでサウジとの関係にヒビが入った。日本離れが懸念される」と言う発言だ。
前述のようにあれから12年、日本離れどころか益々交流は密になっている。石油輸入量は増加の一途をたどり、あの頃一位だったアラブ首長国連邦と入れ替わり、今や日本への輸入量はトップになっている。

とまあ、そんなこともあって、今度の大阪行きは話題も尽きないから、私にとっても楽しみな講義になると思っている。