未だ被災地の多くの人々は、逆境の中、苦労が続いている。
 本来なら、政治や行政がもっと敏速に対応し、せめて前途に希望が持てる状況を作り出すべきなのだが、軽々な言動ばかりが多く、何度も方針が変更されるなど、無策続きで、かえって不幸を増幅させている。
 せめて有能な官僚を駆使して対応させるべきを、政治主導の一つ覚えで、むしろ彼らを退けている。
 原発事故にしても、早くからの米国の協力提案を断ったり、一体、何を考えているのかわからない。
 こうなると、明らかに天災ではなく、人災である。
 政府の無能から、原子力エネルギーそのものまで否定される世論が形成され、定着しはじめている。
 これでいいのかと、かつて通産大臣やエネルギー戦略合同部会長を務めた立場から、疑問を持っている。
 今、原子力エネルギーを肯定しようものなら、何を言ってるのかと袋だたきされるようだが、実は、今回の場合、原子力発電所の安全確保維持に重大な瑕疵があった訳で、これをもって、全て否定するのは行き過ぎだと私は思っている。
 一度飛行機が墜落したら、飛行機は全てダメという理屈はない。二度と墜落させないための研究、工夫を重ね、より安全確実なものに変えていく、これが文明の進歩ではないのか。

 原子力発電は1965年、茨城の東海発電所で日本初の商業用原子炉として稼動した。
 以来、発電量は70年代に石炭を超え、80年代に水力を上回り、90年代にはついに石油を抜いて、電力需要の中心となった。
 一時期、エネルギーの安全保障が盛んにいわれた時代がある。
 1973年の第一次オイルショック以来のことである。第四次中東戦争(エジプト、シリアがイスラエルを攻撃)で、OPEC加盟6産油国が産出削減を行い、原油価格をつり上げた。その上、米国などイスラエル支援国への禁輸を行った。
 当時、日本はまさに高度経済成長期で、安い石油を大量輸入していただけに、大きな打撃となった。
 それまでは、石油価格の決定権は石油メジャーにあり、つまり買い手市場であったが、この時以降は完全に産油国へと移った。
 当時の日本のエネルギーの石油依存度は、実に78%と米(47%)、英(50%)、独(47%)に比較して圧倒的に高かった。
 第二次石油ショックも経て、このままでは日本を守るためのエネルギー安全保障は不可能で、一気に石油依存の脱却、エネルギーの多様化が図られた。
 日本は主要国の中、最低の資源小国である。自給率でいえば、米72%、仏51%、独40%、日本はわずか4%だ。今、原子力を含めても18%に過ぎない。
 エネルギーは、1に安定供給、2に経済効率性、3に環境適合性が求められるが、この3点を満たすものが、まさに原子力でもあった。
 今、総発電電力量は、原子力が29.2%、LNG(液化天然ガス)29.4%、石炭24.7%、水力8%、石油はわずか7.6%まで押さえ込まれている。如何に、日本のエネルギーが脱石油、原子力に依存して来たかがわかる。
 もし、3割を占める原子力発電をなくした場合、それに変るエネルギーが必要だが、残念ながら、その開発は遅れているし、今でもあまり期待出来ないというのが実際である。
 太陽光や風力など、新エネルギーとして大きな話題となっているが、まだ全体の1%に過ぎず、コストも高い。当面、原子力の穴を埋めるものとしては、LNGか化石燃料の高度利用しか考えられない。

 今度の災害で東北電力の女川原発は大津波に直面しながら、安全に停止し、何の問題も起こらず、一時的には地元民の避難所にさえなった。
 津波を想定し、14.8メートルという高い位置に建設しているからである。
 新潟の東電柏崎刈羽発電所も震災の影響を受けずに連日稼動し、計画停電の時も大いに役立った。

 原子力発電の最大のネックは、放射性廃棄物が何百年経っても消えない点だ。そこで、核燃料サイクルを構築することが必要になってくる。
 この問題を解消し、逆に半永久持続型燃料として活用出来ると期待していた。しかし、残念ながら、これが日本では目下実現出来ず、使用済み燃料の処理等は、豪州、カナダ、米国などに依存している。

 原子力発電を全面否定することは簡単なことである。しかし、一番大切なことは、危険性と必要性の双方を直視して、バランスのあるエネルギー戦略を打ち立てることではないかと私は思う。
 原子力発電所でいえば、地震や津波を考えて立地条件を再検討する。老朽化への早急な対応を図ることも必要だ。前述の核燃料リサイクル実現も急務である。今後どこまで活用可能なのか、研究するべき課題である。
 一方、当然のことだが、新エネルギー開発へも国をあげて取り組まなければならない。
 例えば太陽エネルギーの活用を各家庭に広げて、一部の発電能力を国民も持つようにする。
 そうすれば、電力会社のみの発電能力ではなくなるから、価格改定だって一方的に出来なくなる。
 そして、最も重要なことは、生活の全てを電化し、それが当たり前という生活習慣を大胆に変えていくことだ。省エネ思想が徹底し、節電が当然の暮らしとなることこそ必要で、しかも、これこそが一番やりやすい、今、実現可能な道ではないか。
 今回の不幸な出来事を明日の糧にする。災い転じて福となす、これこそ日本得意の思想文化ではないか。