言いたい放題 第159号 「眠れない夜」

 四月二十四日 快晴
 昨日の選挙最終日は、あんなに悪天候だったのに、なんと気持ちの良いさわやかな朝だろうか。今、七時、私はパソコンを打っている。きっと良い結果が出ると期待しながら。

 この一週間、台東区、文京区、中央区と随分駆けずり回った。区長、区議会議員候補の仲間たちをなんとか勝たせたいとの一念からだ。
 自分の気力体力共に、こんなに強固だとは思わなかった、と言えるぐらいの勢いだった。
 候補者の要請にこたえて、ほとんど彼等以上に飛び回り、熱弁を繰り広げた。
 嬉しいことに、どこへ行っても「深谷骼iが参りました」といえば、必ず手を振り「貴方こそ頑張って」と言ってくれる。
 前回の衆議院選挙の時も、自分で言うのも変だが、間違いなく大変な人気で、これなら勝てると思ったものだ。事実、十万票獲得すれば当選と言われていて、ほとんどそれに近い票を得たのに惜敗した。いわゆる民主党政権交代ブームの波に流されてしまったのだ。
 しかし、今の様子は明らかに違う。民主党政権が現実のものになったら、まるでイメージが異なり、まったく政治的能力が無く、このままでは日本の将来が危ういと誰もが思うようになってきているからだ。だから「深谷さん、もう一度頑張って」という雰囲気なのである。
 夜の演説会に行っても同じで、いろんな人が懐かしがって、何か言う度に拍手を送ってくれる。有難いやら嬉しいやら、心楽しい日々であった。
 
「今なら絶対勝てますね」と、一日中同行してくれている桑原君も言う。私も「早く選挙にならないか」なと満更ではない心境になってくる。
 だが、残念ながら当分選挙にはならない。

 なにしろ、東日本大震災が起こってこれだけ大問題になっているのに、菅民主党政権の無能無策から再建の見通しがまったく立っていない、それどころか今、救いを求めている人たちさえ助けることが出来ない有様なのだ。
 昨日、地元の玉姫神社で行われた「靴のコンコン市」で、民主党の代議士が挨拶の最後に「がんばれ東北」と突然大声を張り上げた。この人はあの宇宙人と言われた鳩山前総理の自称一の子分で、軽井沢で小沢一郎氏を迎えた時、「気合いだ、気合いだ」と叫んで失笑をかった人物だ。テレビで散々嫌われたかの公益社団法人(ACジャパン)の広告ではあるまいし、そんな軽々し言葉だけでかの地を救える筈もないのにと白々しい思いであった。
 いずれにしてもこの程度のレベルの政党だから、東日本大地震からの復興はなかなか容易ではない。原子力発電所の問題も一進一退でメドがたたない。民主党では駄目だといまや皆が分かってきたのだ。
 いずれにせよ、大震災の緒問題がある程度まで解決の見通しがつかないうちは、とても選挙どころではないのである。
 
 かくなる上は、ともかくわが同志を確実に当選させ、自民党の再生を確かなものにするしかない。まずは自分の足元から、しっかりした自民党の土台をつくろう、そんな思いに駆られて、一層張り切ったのだ。

 いよいよ、その選挙も昨日で終わった。
 それにしても、最終日は朝から格別慌ただしかった。しかも一日中激しい雨が降ったり止んだりだ。もともと私は「晴れ男」と言われてきたのだが、さすがにこの日は何度か雨に濡れた。まさに、なりふり構わずといった風情ですべての日程をこなしたのだった。
 全部の日程を終えて、八時半、久しぶりに自宅で家族と遅い夕食となった。孫たちもそろって待っていてくれて、一緒にささやかな宴となった。桑原君差し入れのオーパス・ワンの赤ワインの美味しいこと、やっぱり、家族一緒が何よりで、至福の時とはこういうことを言うのだと、しみじみ思った。

 もっとも選挙戦は終わったものの、まだ勝負は終わったわけではない。今日の投票の結果如何でどのように変化するかわからないのだ。
 二十七歳で区議会議員に当選以来、私は実に四十八年この世界で生きてきた。だから選挙の怖さを知っている。選挙は投票箱の閉まるまで終わってはいないのだ。
 各候補者に、「最後の最後まで気を抜くな,今日一杯は緊張してやるべきことは全てやれ」と檄を飛ばした。

 即日開票だが、全てが分かるのは夜中になる。今夜は眠れない夜になりそうだ。
 「どうか神様、みんなが当選しますように、お力を貸してください。」
 まさに「人事を尽くして天命を待つ」心境ではあるが、やっぱりそう祈らずにはいられなかった。