地方選挙が始まって、各候補者は懸命に有権者に呼びかけている。彼等の元へ出かけて応援する私も、往時のことを想いうかべて次第に熱が上がってくる。
 私が初めて台東区から区議会議員に立候補したのは二十七才の時であった。まだ独身だったが、その時手伝ってくれたのが女房で、結婚したのは翌年のことであった。
 あれから、実に四十八年の年月が流れた。振り返ればうたかたの夢のようだ。
荒川区と道一本隔てた浅草の北のはずれ,日本提の町内で、今も婦人部長を務める西岡さんが、無償で提供してくれた事務所から、毎朝、宣伝カーに乗って出発する。二階の窓から乗り出すようにして必ず手を振って送ってくれたのが彼女である。
 今でも、私が家を出る時、女房は玄関で手をふってくれるが、そんな仕草を見て、あの頃をふっと思い出したりしている。長い年月、選挙選挙の明け暮れで、女房にとっては苦労の尽きない日々だったと思う。
各候補者の奥さん達も、同じように亭主の為に涙ぐましい努力を続けている。彼女たちの為にも是非勝ち抜いて欲しいと強く願っている。

 今度の選挙で、みんなが戸迷っているのが東日本大震災との兼ね合いである。現地で塗炭の苦労をされている人々のことを思うと、選挙運動も自粛しなければと考えてしまうのだ。
 会の始まりには、被災地で亡くなった方々のご冥福を祈って黙とうを捧げている候補者もいる。宣伝カーの音量を極端に下げている人もいる。それは立派な心遣いだと思う。そうした優しい配慮こそ政治家として必要なことだとも考える。
 しかし、今は自分の人生を賭けて戦っている時だ。自粛自粛で肝心の選挙で負けたのでは話にならない。
 被災者への深い思いやりを持ちつつも、何よりもここは断じて勝つことを考えて、出来る限りの運動を展開せよと私は叱咤激励している。
 政治家は選挙で勝ってバッチをつけて、初めて仕事ができるのだ。今、無冠の私は無念の思いを込めて彼等に檄を飛ばしているところである。

 私の応援演説は、もっぱら私が実体験した阪神淡路の大震災での思いを語ることを中心にしている。
大震災の後、私は自治大臣と国家公安委員長という二つの大臣を拝命した。まさにこの地を復興させ、同時に、今後の日本の安心安全をどう確立させるかという大きな役目を担ったのである。全力を挙げて働き成果も上げたと自負している。
 だから、おそらく私ほど、大震災の前後の現実を体験した政治家は少ないのではないだろうか。

 大臣時代、私がまず手掛けたのは、どこかで大惨事がおこった時、全国的に協力応援が出来るような新たな体制を作ることであった。
 緊急消防援助隊がそれである。
 当時の秋本消防庁長官と組んで、晴海で第一回大訓練を実施したのもこの時で、天皇陛下のご臨席もいただいた。
 寒風吹きすさぶ日だったが、「コートをお召ください」と何度も陛下に申し上げても、それをお断りになり、端然として身動ぎもなされなかった。忘れることのできない尊い思い出である。
 今回の東日本大震災にあたって、全国からかの地へ緊急消防援助隊が続々と駆け付けて大活躍をしいるが、あの頃を思い出し感慨無量であった。そして、その延長線で翌年に誕生したのが福島第一原発で大きな話題となったハイパーレスキュー隊であった。  
 過日、消防学校で行われたこの隊員達の報告会で、選挙前の石原知事が「貴方たちのご家族のことを思うと、申し訳なくて・・・」と絶句したが、その話を聞いて私は泣いたものだ。
大臣として私は「消防対策1兆円構想」を打ち出した。当時としては大きな予算だと話題になったが、今思えばまだまだスケールが小さいと恥ずかしくもある。

 阪神淡路の災害現場で本当によく活躍したのは、優れた市会議員たちであった。
 彼らは普段から地域の為にこまめに働いてきた。そして何よりも地域のことに精通している。どこにどんな老人が住んでいるのか、どこに病人がいるのか、一番知っている。
 だから災害が起こったとき、彼らは猛然と、そして果敢に人々の救済に取り組むことができたのである。
 混乱状態の時、もっとも大事なことは正しい情報を的確につかみ、正確に伝えることである。こうした面でも彼らの動きは目覚ましいものであった。
 救援物資の調達から瓦礫の排除まで、市や県と連絡を取りスムースにすすめた。
 彼らがいなかったら、もっと悲惨な状態が続いたに違いない。

 今、東京も決して安全ではないと言われている。直下型の地震でも起こったら一体どうなるのか。多くの人たちが不安を抱いている。
 このような状況の中、いざという時、頼りになる区議会議員が近くに居るかいないかは地域住民にとって重大なことである。 
 「君は頼れる議員になれ、君ならなれる」と私は同志の候補者に何度も強く言っている。災害が起こったとき、区会議員、区長の連携プレーは特に大事だ。
 こうしたことを有権者も是非考えてもらいたい、知って欲しいのだ。
 「自民党が責任を持って公認、推薦した候補者にどうか力一杯のご支援を願いたい」と、ここ当分、熱っぽく訴え続けるつもりである。