言いたい放題 第146号 「助け合いのすばらしさ」

 まだ予断は許されないが、一番心配していた福島第一原子力発電所の最悪の状態から、少しずつ脱出の可能性が出てきたようだ。
 「止める、冷やす、漏らさず」が原発のいざという時の三原則だが、それが壊れて大惨事寸前となっていた。21万人もの人が30km圏外に避難し、多くの国民は放射能の恐怖にさらされていた。
 しかし、ようやく空と陸からの放水で危機から逃れられるかも、というところに来ている。
 又、電源復旧作業も進み、機器の故障や漏電させ無ければ、なんとか電気が届く可能性も見えてきた。そうなれば「冷やす」ことが出来て危機的状態から確実に一歩抜け出せる。
 もっとも、この原子力発電所は全ての復旧作業が終っても廃炉以外にはないようだ。その廃炉が確かなものになるためには、実に現状維持のまま、10年は必要だと専門家は言っている。
 心配は果てしなく続くということか。

 ここに至るまでに、どれだけ多くの人々が、自らの命をかけて闘ってこられたことか。
 散々批判され続けながら、東電の社員及び関連会社の人々は、一時はわずか50名しか残っていなかったが、それでも高い放射能の中、被爆を覚悟で決死の作業を続けて来た。
 菅首相が東電本社に乗り込み、怒りを込めて「死んでも守れ」といわんばかりの暴言を吐いた。当然、大きな問題になったが、彼らに、せめて労りと感謝の言葉ぐらい言えなかったのか。
 ハイパーレスキュー隊の隊長が、一つの作業を終えてテレビに出ていたが、仲間と家族の励ましの中で、ひたすら働き続けたという。特に放水ホースを伸ばすために、車から降りて作業したが、相当の覚悟が必要であったと思う。
 妻からのメールに「日本の救世主になって下さい」とあったが、この言葉に彼らの全ての思いが込められているようである。
 このレスキュー隊こそ、私が自治大臣の時に作ったもので、私にとって感慨一入であった。
 地上放水の先陣を切ったのは警視庁機動隊員だが、放水後、「もう一度行かせて下さい」と訴える隊員もいたという。かつて、国家公安委員長を務め、彼らと行動を共にしたこともある私は、あの頃を思い返して涙が止まらなかった。
 空と陸上から危険を冒して放水した自衛隊員の活躍も素晴らしかった。国家国民のために働こうとする一途な重いに胸が熱くなる。
 復旧作業の大きな妨げとなっているのが大変な量の瓦礫の山だが、これを除去するためについに戦車も投入することになった。
 自衛隊の存在がなかったらと思うと空恐ろしくなる。
 重ねて言うが、事業仕分けで、自衛隊員の数と予算を削減した連中は断じて許せない。今も謝罪も感謝の言葉さえないが、これは今後きちんと糾弾されるべきことだと思っている。

 全国から、色々な人々が、被災者救援のために立ち上がっている。日ごとにボランティア活動が目立つようになった。勿論、政府の依頼とは無関係の自主的な動きだ。外国の報道で何度も言われているが、日本人の礼節や他人への思いやりの大きさに、改めて感動する。
 私の長女の亭主櫻井勝は国士舘大学で教授を務める医師だが、実は21日昼から宮城県の現地に向かった。
 日本救急医学会と日本臨床救急医学会が救急医療支援対策として立ち上げた医療本部の副本部長として、現地に支援物資を直接運ぶため、救急車とトラックで出発したのだ。
 被爆の危険もあるので生殖年齢の若者は外し、本部長の田中秀治医師と2人だが、現地の避難所では健康診断や、医師会との連絡調整等も行うと張り切っていた。

 一般的に災害時3日間は自分で身を守れ、それが過ぎると救援の手は充分に届くといわれているが、今回はその規模も惨状も全く異常で、まだまだ救助の手が行き届いていない。
 ある書道家が、テレビのコラボレーションで、見事な書で「日本一心」と書いたが、今こそ全国民が心を一つにして助け合い、新しい日本建設のスタートのために立ち上がらなければならない。
 それにしても、肝心の政治の無力なことよ・・・。