最近、マスコミの社会部の記者が、盛んに私に面会を求めてくる。
 無冠になって以来、親しい記者以外とは、あまり関係を持たないようにしている。しかし、執拗な申し出で、会ってみると、ほとんどが東京都知事選挙のことである。
 候補者として何人も名前が挙がっているのだが、明確に手をあげる人が目下のところ一人も居ない。
 なんとか目星をつけたいので、知っているなら教えてくれという訳である。
 かといって私も、知るはずのないことだ。そこで、「この人はどうですか」という問いかけに、思うことを率直に話すことにしている。
 週刊文春にも、自民党都連最高顧問という肩書きで、聞かれるままに東国原氏について、「品性と知性が欠けていて、大東京の知事にはふさわしくない」とのコメントを掲げさせた。彼にまつわる数々のスキャンダルを多くの人は忘れてはいない。
 もともと、ビートたけしさんのお弟子さんで、全く知らない人ではない。かつて羽田空港の貴賓室で偶然会った時、彼の方から丁寧に挨拶をされビックリしたことがある。
 やっぱり早大の後輩としての配慮か、実際に会ってみると腰の低い礼儀正しい人だと好感を持った。
 しかし、宮崎県知事ならともかく、この東京ではとうてい無理な話なのだ。
 彼が知事になって以来、宮崎県は勿論、全国的に知名度は抜群に高くなった。
 一度、古賀誠自民党代議士から、国会出馬を請われたことがあったが、総裁なら応ずると答えて、世の顰蹙(ひんしゅく)を買った。当時は、自民党天下の時代だから、総裁イコール総理大臣なのだから、よくいうよと、あきれられたものである。
 宮崎県の広告塔としては、地元の名産物のよい宣伝になったりして、成果があったと思う。しかし、東京都に広告塔はいらないのだ。
 では蓮芳さんではどうかといわれる。確かに、事業仕分けの女王として人気も高いようだが、その仕分けそのものが、今破綻しているというのが衆目の一致するところだ。
 始めはともかく、今や、民主党政権になって二年、民主党の閣僚主導で立てた予算を、同じ民主党の議員が仕分け人としてバッサリと切り捨てるのだから、これではまるで田舎芝居なのだ。
 おまけに一度廃止や縮小になったものが、次の予算では平気で元通り、時には元以上で再登場するのだからあきれる。
 一度物議をかもしたが、モデルのような洒落たファッションスタイルは確かに格好いいが、都知事にそんな見て呉れは必要ない。

 東京は、その規模に於いて海外の一つの国家に相当する。例えば、一人あたりの国内総生産(名目GDP)をみても、アメリカ、フランス、ドイツといった先進国よりも高い。日本は6万米ドルを超え、アメリカは4.5万米ドルだ。(2008年)
 平成23年度、一般会計予算案は6兆2360億円だが、これはフィンランドと同規模だ。
 言い換えれば、だから東京都知事には総理にも匹敵するような、高度な手腕、力量が求められる。
 かつてタレントが知事になったこともあるが、率直にいって、あの頃の様子を振り返ると、あまりに素人で、都行政はかなり低迷していたと思い出される。
 してみると、やっぱり現状では、知事は石原慎太郎氏以外に見当たらない・・・といったところか。

 石原氏には、個人的にも深い関わりがある。
 かつて彼は1968年(昭和43年)、第8回参議院選挙に自民党から出馬した。
 そして、史上初の300万票得票でトップ当選したが、当時の遊説責任者は私であった。(2位は青島幸男氏、3位は上田哲氏)
 ちなみに、私は当時、都議会議員選挙に破れて浪人中の31歳、今から44年前の話だ。

33歳。東京都議会議員選挙の応援に駆けつけた石原慎太郎参議院議員、隣は大西英男元都議会議員。この時私は最高点当選した。

 1975年(昭和50年)、当時の美濃部亮吉知事に挑戦すべく、自民党推薦で知事選挙に出馬したのも石原氏であった。
 すでにその時、私は衆議院議員の1年生、一番張り切っていた38歳で、この知事選挙の参謀の一人となった。
 当時の参謀格で集って相談したメンバーは、中曽根康弘氏、浅利慶太氏、佐藤孝行氏、評論家の飯島清氏と私であった。
 選挙戦最終日、「東京燃ゆ」とマスコミに書かれたが、新宿駅前広場には、各候補の宣伝カーが全て集り、何万人もの聴衆で埋まった。
 知事選の宣伝カーは、規定で2台ある。その1台の屋根に、連日行動を共にした、かの大スター石原裕次郎氏と私の2人が陣取って、熱弁をふるった。
 午後8時、選挙運動終了となっても聴衆は帰ろうとしない。やむなく車上に立ったまま車を動かしていったが、裕次郎氏と私は、お互いに涙を流し、健闘を称えあったものである。この時233万票集めたが、残念ながら美濃部氏に敗れた。
 石原裕次郎氏と亡くなるまで親友付合いが続いたのは、こうした出会いと交流があったからである。

 石原慎太郎氏は高齢だからどうかという人も多い。確かに彼は私より3歳上の78歳だ。私の場合にも同じことを言われるが、しかし、一方で、年より若いともいわれる。
 私自身も体力、気力、記憶力も含めて、実年齢より少なくとも10年は若いぞと、自負ではなく実感している。決して無理なハッタリをかけているわけではない。
 石原氏とは、スポーツクラブで折々会うが、彼も相変わらず元気一杯で、プールで泳いでいる。
 彼の日頃の言動を見ると、年齢による衰えは微塵も感じられない。
 大胆な発想や行動力をみると、目下、他に彼を超える人は見当たらないと思っている。
 近年、「後出しじゃんけん」が流行っていて、告示ギリギリまで手を挙げない傾向にある。
 いいかえれば、それでも間に合うほどの知名度がないと出られないということなのだ。
 東京の知事選告示は、3月24日、さて、一体どうなるのか、気の揉める話ではある。