言いたい放題 第127号 「葬儀委員長として思うこと」

 このホームページで書き、拙著でも書いたが、一昨年11月、私は久しぶりに仲人を引き受けた。
 浅草で120年も続く老舗、人形焼きで有名な紀文堂総本店の長男、手塚雄介君のことだ。
 30年以上の家族ぐるみの交際だが、子どもの頃からの夢が「結婚する時、仲人は深谷先生に依頼する」ことと聞いて、喜んで引き受けたものであった。
 その父親、手塚進也さんが慶應病院で亡くなって、私が葬儀委員長を受けることになった。
 彼は一昨年の2月、体調を崩して慶應病院に入院、胃がんで大手術を行った。
 回復して息子の結婚式には元気に出席したのだが、昨年11月再び入院、残念ながら幽明界を異にすることとなってしまったのだ。
 昭和17年生まれ、私よりも7歳も若い68歳であった。
 仕事先で、女房からの電話でこの訃報が知らされた。奥さんからの話によると、「どうやら自分の生命はもちそうもない。深谷先生より早くなると思うので、その時は、葬儀委員長をお願いしてくれ」と懇請していたという。
 この話を伝える女房も聞く私も、思わず涙を抑えることが出来なかった。
 息子からの依頼は仲人、親の願いは葬儀委員長、なんと喜びと悲しみの明暗を分けた頼みなのだろうか。心中複雑な思いであた。

 通夜、告別式と浅草本願寺で厳粛に行われたが、寒い中にもかかわらず、会葬者は多く、さすが老舗の盛業ぶりと、本人の信頼の厚さを示していた。

 本当に人の生命は短くはかない。
 いずれ私も勿論、すべての人は死を迎える。悲しいが仕方がない。どんなに医学が進んでも時代が変っても、こればかりは避けることは不可能だ。
 だとするなら、生きている内にどのように過したのか、一体何が出来たのか、それが勝負だ。
 悔いの無い人は誰も居ないが、せめて悔いの少ない人生ではありたいものだ。
 手塚進也氏の場合、店を順調に発展させているし、奥様はじめ3人の子と孫に恵まれたし、なにより5代目にバトンタッチも出来ている。いい人生だったと高く評価出来る。
 こらからは泉下において悠々と眠り、愛してやまない家族及び関係者を、御加護願いたいと祈るのみであった。

 友人、支援者を失い、寂しい限りだが、ともかく毎日を大切に精一杯生き、この限られた人生を全うしたいものと改めて念じている。
 合掌