言いたい放題 第119号 「ぺんてる元会長の逝去」

 12月16日、東本願寺で、ぺんてる株式会社元会長堀江幸夫氏の葬儀が厳粛かつ盛大に行われた。
 堀江氏は、私が東京都議会議員から、国会へと志を抱いていた1971年(昭和46年)頃、文具業界の有力者として、私の為に後援者を集め、自ら会長を引き受けてくれた恩人の一人である。
 御本人は小学校しか出ていないが、まれにみる優秀な人で、一代で世界に通用する「ぺんてる」をつくりあげた、まさに立志伝中の人物である。
 明治生まれのこの時代の人は、何事につけても大らかで、特に酔うと益々愉快な豪傑になる。堀江氏は日本酒が大好きで、痛飲しては大声で語り、かつ歌い、相手に退屈な思いをさせない。
 しかし、一方で、決して表には出さないが、内面は繊細で緻密なのだ。
 大胆さと臆病さといったデリケートな神経を持ち合わせないと、明治、大正、昭和と、激動の時代を見事に乗り越えることなど決して出来ない。いつもそんなことを肌で伝えてくれた人でもあった。
 ぺんてるは世界各地に進出しているから、国会議員になってから外遊の多い私は、アメリカ、フランス等と色々な国で随分世話になった。
 私が自民党青年局長であった頃、全国の県会議員等を引き連れて、青年訪問団団長として、ヨーロッパを巡ったことがある。勿論、貧乏旅行であったが、フランスを訪れた時、かの有名なレストランマキシムで、一行70人と、どんちゃん騒ぎの大宴会を開いた。招いてくれたのはぺんてるだった。団長である私を引き立てようとの堀江氏の思いやりであった。
 見事な花々に囲まれた堀江氏の遺影を見上げながら、あの頃の様々なことを走馬燈のように思い浮かべていた。
 色々な事があったが、総じて私にとっていい時代であった。それはこのような素晴らしい人達と出会えたからで、本当に私は幸せ者だとしみじみと思った。

 丁度、今読んでいる火坂雅志の小説「墨染の鎧」の一節に、次のような文章がある。
「人は死ねば、西方にある極楽浄土へ行くという。そこは現世のごとき争いもなく、一切の苦しみ、迷いから解き放たれた、清浄無垢な世界であるという。」(中略)
 しかし、「他の仏教諸宗派とは異なり、禅宗では西方浄土の存在を否定している。ならば、人は死ねばどうなるのか。
 『死すれば再び混沌に戻るだけ』(中略)であるからこそ、人はつかの間の命を必死に輝かせ、おのが生きた証をこの世に刻みつけようとする。」
 99歳、大往生を遂げた堀江幸夫氏に、謹んで哀悼の意を捧げたい。
合掌