叙勲の栄に浴して4日経過するが、相変わらず祝意を示して下さる方が多く、本当にありがたいことと感謝しきりである。
 テレビでも私の勇姿?が、ちらっと映ったようで、燕尾服が似合っていたと連絡が来たりする。明治8年に決まったわが国の叙勲制度で、旭日章は最初の勲章だと、わざわざ教えてくれた人もいた。
 今は、何事も便利な時代で、ネットのウィキペディアで詳細が書かれているから見るようにと、丁寧な人もいた。
 私が一番嬉しかったことは、旭日大綬章は直接天皇陛下のお手ずから賜ったという点だ。
 勲記にも、「日本国天皇は深谷隆司に旭日大綬章を授与する 皇居において自ら名を署し璽をおさせる」と記されている。

 このところ私は、畏れ多いことだが、天皇に関わる事柄に触れることが多かった。
 何よりも印象深いのは、勲章公表の前日まで講演のため、京都に居たのだが、その講演の中味は、明治天皇の下、渙発された「教育勅語について」であった。
 かつて日本の道徳は、シナ(中国)の儒教に源を求め、これに並んで仏教の倫理観に支えられていた。
 ところが、シナは西欧諸国に食い荒らされているし、仏教も廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)運動で、勢いを無くしていた。
 明治の夜明けを迎え、近代国家を目指す日本として、新しい倫理観を確立する必要に迫られていて、ここに教育勅語誕生の意義があった。
 今の若い人は教育勅語をほとんど知るよしもないし、古い人は前近代的遺物と思っている。しかし、実はこれほど内容が普遍的な道徳訓は他に例が無い私は確信している。
 宗教的にも、政治的にも中立を守っていて、儒教や仏教の良さに加えて、西欧の先進的な倫理観が見事に組み込まれているのだ。
 12の徳目が示されているが、例えば「父母に孝」は儒教的な縦(たて)の教えだが、次の「夫婦相和し」では、儒教で夫を天、妻を地と上下関係としていたものを、道徳的には対等であると示している。これは、まさに西欧的思想である。
 限られた誌面だから全ての説明は避けるが、憲法や法律を守り、社会に寄与し、国に貢献し、国を守るといった考えは、近代国家としての公共性を重んじる西欧の倫理観をモデルにしたものなのだ。
 だから、教育勅語は1907年、英・仏・中・独語に各々翻訳されて、世界に通用する日本道徳観として高い評価を集めているのである。

 ドナルドキーンが記述したように、日本の天皇は専制君主ではなかった。シナやヨーロッパに見られる残虐な暴君も、まして悪行の皇后も存在していない。残忍陰謀とは無縁で、常に仁慈に満ちた存在であった。
 時代によって、天皇のお立場は様々に変るが、歴史の中で、常に日本人の精神的支柱となっていた。
 古代から永々と続いてきた天皇制は、いわば日本及び日本人が作り出した文明といってよいのではないか。
 戦後、明治憲法は今の日本国憲法に代り、教育勅語は廃止となった。いずれも占領軍GHQの思惑通りの結果である。GHQの目的は、はっきりいって、日本を無力な三等国にすることだった。
 彼らは戦前、日本には民主主義的制度も風潮もなかったと主張した。しかし、事実を知らなかったのか、知っていてとぼけたのかわからないが、とんでもない間違い言いがかりである。
 日本は憲法を自ら定め、議会も設け、あの激しい戦争の最中でも、総選挙を実施してきた国なのである(1942年)。
 又、教育勅語は基本的人権、主権在民を否定していると主張していたが、前述のように西欧の倫理も組み入れているし、なによりも最後の結びで、明治天皇自ら、この道徳観を大事にして、国民と共に進めていこうと呼びかけているのである。どこに主権在民を否定しているというのか。

 今の時代、日々のニュースを見ると、子を虐待する親、親を殺す子等々、悲しい出来事ばかりだ。
 国民も政財官もあまりに自己中心的ではないか。様々な分野で道徳観の欠如が目立ち、まさに三等国への道をひた走っているように思えてならない。
 教育勅語を復活させよとか、天皇制を見直せとはいわないが、せめて、こうしたテーマを一つの大きな話題としてでもいいから取り上げて、みんなで議論してみたいものだ。
 歴史の中で先人達が、苦労しながら学んだもの、残したものを、改めて素直に振り返り、自分たちの将来の指針とすることは大切なことなのだ。
 叙勲をめぐって様々な思いを抱いている今日この頃なのである。