言いたい放題 第104号 「衆院補欠選挙の思い出」

 10月24日は、北海道5区で行われ、注目を集めていた補欠選挙で、自民党の町村信孝氏が見事大差で当選した。
 彼は昨年の衆議院選挙の小選挙区で敗れたが、比例で復活当選した。
 今回、民主党の小林千代美氏が、違法献金事件や選挙違反で辞職したのに伴って行われた選挙であった。
 町村氏は一旦議員を辞めて、小選挙区で改めて勝ち抜く為に出馬したのだ。
 9月の菅内閣改造が行われた後、初の国政選挙となったから、大きな注目を集めたが、自民党勝利となって、まずはホッとした思いである。
 岡田民主党幹事長は、「一つ一つの補選で一喜一憂することはない」と語ったが、これは全くの負け惜しみだ。
 先の代表選挙で小沢外しが功を奏し、菅内閣は高い支持を回復したが、目下、尖閣諸島問題の弱腰外交で、すっかり国民の不信をかって、支持率は一気に下降している。
 明らかに世論が民主政権から離れはじめたのだが、その実体がこの補選の結果に現れている。
 この選挙結果が政権失速に追い打ちをかけることは間違いない。

 菅政権にとって、当面の最大の課題は、なんといっても補正予算を早期に成立させることだが、それでなくともねじれ国会だから、相当困難な状況となる。
 野党が求めている小沢一郎氏の国会招致問題も、しらばっくれて先送りすることなど不可能となったのではないか。
 野党の立場からすれば、ここが攻めどころ、小沢証人喚問要求をしっかり強めていくことが肝要だ。
 その上、鳩山由紀夫氏の偽装献金疑惑をめぐる国会答弁も、再び問題になっている。
 総理大臣であったから許されていたのだが、不正は不正なのだから、断固追求すべきである。
 この臨時国会、後半の行方をしっかり注目したいものである。

 実は、この選挙を通じて、私は苦い思い出を噛みしめていた。
 平成10年、小渕政権が誕生したばかりの時で、私は自民党総務会長に就任していた。ついに党三役になれたと大いに張り切っていた。
 ところがこの頃、鳩山邦夫氏が知事選挙に出ることになって、突然議員を辞めてしまったのだ。当然私の地元東京2区で補欠選挙が行われることになる。
 当時私は、比例復活での議員であった。そこで、この際小選挙区で勝ちたいと、今回の町村氏と同じ思いで補選出馬を決めたのだった。しかし、このことで、なんとマスコミを中心に大騒ぎとなってしまったのである。衆議院議員を辞めて、同じ議院に出るのはおかしいという論法である。
 制度上、何の問題もないのだが、なにしろ初めてのケースであったし、総務会長という重責であったから、もう理屈抜きの嗷々(ごうごう)たる非難が起こり、広がっていったのだ。
 勿論、小渕首相や、森幹事長等、幹部全員の了解の上での出馬表明だったのだが、連日テレビ新聞の異常なほどの攻撃に晒されて、動きがとれない。ついに、小渕首相も音を上げた。
 「申し訳ないが」と涙ながらの懇願を受けて、私はついに辞退のやむなきに至ってしまった。
 時すでに遅く、変わりの候補者も立てられない。
 結局、自民党候補の居ない選挙となって、民主党候補が、票を独占して大勝してしまったのだ。
 このことが後々まで、大きな禍根となったことはいうまでもない。
 同じ事柄でも、それが初めての場合となると、なかなかうまくいかないものだ。
 私の時と違って、町村氏の今度の出馬には何の批判の声も起らなかった。
 あの頃を振り返り、なんとも不思議な気がする。
 それにしても年月の流れの速さはどうだ。あれから、もう12年が流れている。