10月13日、世界中の人々が見守る中、地下700メートルに閉じ込められていた33人が無事奇跡的に救出された。
 8月5日に起こった、チリ北部サンホセ鉱山落盤事故以来、実に69日間、良く彼らが耐えられたものと、ひたすら驚嘆するばかりだ。

 チリといえば、まさに地球の裏側だが、実は私にとっては忘れ得ない想い出が残る国でもある。
 実は昭和48年(1973)10月、私は滞在中のブラジルから、クーデターが起こったばかりの戦塵消えやらぬチリに、単身乗り込んだことがあるのだ。
 その3年前、革命によらずに、社会主義のアジェンダ政権が生まれたのだが、全くの無策ぶりに、国は厳しいインフレ、物質不足におちいり、国民は塗炭の苦しみを味わっていた。その不満の声を背景に、クーデターを起こし、新たに生まれたのが、ピノチェット軍事政権であった。
 ブラジルからなら比較的近い。こんな機会は滅多にないことだから、なんとか日本の政治家第1番手で、かの地に乗り込もうと決意したのだ。そして、クーデターのリーダー達と単独会見をしたいと考えた。
 外務省に連絡すると、それは危険で無理な話だと猛反対。そう言われると逆にファイトが出て、勇躍一人チリに向かったのである。
 チリ空港で大ハプニングが起きた。なんと私の全ての荷物が、そのままアルゼンチンに運ばれてしまったのだ。クーデターが成功したといっても、まだ3日しか経過していない。大混乱は無理もないことであった。
 チリ全土には、戒厳令が敷かれていて、夜は10時から夜間外出は禁止だ。仮に止まれと兵士に言われ無視したら、当然射殺されるという物騒な状況であった。
 幸い、クーデターの中心人物の一人グスタボ・レイ空軍長官と直接会談を持つことが出来た。まだ硝煙がくすぶる弾痕の跡も生々しい建物の中であった。この様子は、読売新聞の大きな囲み記事になって、東京にいる家族に、私は面目を施(ほどこ)したものである。
 当時の私は、前年の1972年に衆議院議員に初当選したばかり、それも無所属の劇的な勝利だっただけに、意気軒昂、最も張り切っていた。
 血気盛んな38歳で、怖いもの無しだった。
 今振り返ると、よくあんな冒険が出来たものだと、我ながら感心する。
 今もお世辞で若いと言われるが、この年になると、外国に出掛けるのも少し億劫で、単身でなどとんでもない事、せめて女房同伴でなければ自信がない。
 話は戻るが私は格別閉所恐怖症、700メートル地下で過すなど、想像するだけでも鳥肌立つといった為体(ていたらく)なのである。
 ちなみに、ピノチェット軍事政権はそれから約17年続いた。

 チリは建国200周年を迎え、2月大地震の後、ピニェラ大統領が誕生した。就任式など9月中旬に祝ったばかりだという。
 彼はテレビ局のオーナー等を務める大富豪、エリート金持ちだけに、低所得者層を中心にあまり人気がなかった。就任間もないのに、すでにこのところ支持率も少しずつ下がりはじめていた。事故が起き救出劇となるや、直ちに彼は現場に駆け付けた。心配する被害者家族と共に過し、ついに生還した33人とも感動の抱擁を繰り返した。
 1000人を超す報道陣が世界中から集っていて、だから連日大統領はマスコミの主役であった。
 当然、支持率は上昇したが、災い転じて福となすの、まさに見本であった。
 しかし、なんといってもこの奇跡のドキュメントの主役は、33人の鉱山労働者達だ。とりわけ、全員をまとめあげ、無事生還の立役者になったルイス・ウルアスさんは、中でも大スターである。
 彼は鉱山労働者として30年以上のベテランだが、この鉱山に入ったのはわずか2ヶ月前のことだという。
 そんな短期間の交流で、よくぞ全員の信頼を集めたものだと感心する。脱出が全く考えられない最初の頃から、彼は指導的立場にあったという。
 各々の役割を決め、地下での坑道や避難所のスペースを分け、規律正しいスケジュールを実践させていたのだ。
 彼らの存在が小さな紙切れから発見されて以来、あらゆる手が尽くされ、地上と地下の連係プレーは本当に見事だった。
 世界中からの支援、家族愛、救出チームの努力、技術力、何か一つ欠けていてもこの見事な生還劇は成り立たなかった。
 自ら申し出て最後に地上に出たルイス・ウルアスさんは、大統領に「こういうことが二度と起こらないように」と静かに語った。
 なんという大スターなのか・・・。
 地下に降り、最後まで救出の世話を黙々と続けた6人の救助隊員も本当に素晴らしかった。

 銅の埋蔵国、生産国として、チリは世界1を誇る。あの頃、私も見学したが、4kmにわたる露天掘りの光景は、世界1の観光名所だ。
 しかし、近年、銅の需要が世界的に増え続け、地下へ地下へと無理な採掘が進められ、危険度は益々高くなっていた。
 銅高騰の理由は色々あるが、ここでも目立つのが中国なのだ。あまりにも急激な経済発展を遂げたので、当然、銅の需要はうなぎ登りだ。今や、なんと世界の銅の3分の1の需要国なのである。
 どこまで世界に迷惑をかけるのか、少しは自粛したらどうなのかと本当に腹立たしい。
 救出作業クレーンは中国製だと自慢しているようだが、そんな程度でははじまらない。日本だって、特別な着衣の提供だ。

 素晴らしいドラマは終った。
 しかし、すでに話題になっているように、33人の鉱山労働者の今後の生き方、第2幕がどうなっていくのか気にかかる。
 映画だ、テレビ、小説だ・・・と、このスター達は引く手あまたで、当然、そこには大きな金銭が動く。彼ら一人一人には、もうまとめ上げ導いてくれる優れた一人のリーダーは居ない。
 そして、最も重要なことは、チリという国がこの経験をどう生かしていくのかという点だ。
 喜んでばかりでは居られない。これからの国の行方は、まさにピニェラ大統領の双肩にかかっているのである。