言いたい放題 第89号 「あきれた検事スピード逮捕」

 「今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃござんせんか」、昔、俳優の鶴田浩二が歌った詩ではないが、今回の特捜主任検事前田恒彦容疑者の逮捕を見ての私の実感だ。
 犯罪を追い、正義を貫くのが検察ではないか。
 又、警察の行き過ぎ捜査や捏造をチェックし、唯一、起訴や不起訴を決める機関も検察なのだ。
 今までにも検察の不祥事は皆無というわけではなかったが、そのほとんどが、取調べの中での暴行事件や、情報を漏らしての国家公務員法の守秘義務違反、あるいは不充分な捜査での事実誤認等であった。(もちろんこれらはすべて許されないことだが・・・)
 私の知る限り、フロッピーディスクのデータを改ざんして、検事が思ったとおりのストーリーに合わせて犯人をでっち上げるなど、前代未聞の事である。
 しかも、この主任検事は、将来を期待されていた人物で、功名心からではないかというのだから、あきれてしまう。

 今回の場合、無罪になった厚生労働省村木厚子元局長が、拘置所内で、自ら書類を調べ、日付の改ざんに気がついて弁護士に伝えたという。人生を賭けた彼女の必死の執念が垣間見えるようで胸が痛む。
 しかも、こうした一連の事実がマスコミにすっぱ抜かれたのは9月21日のことである。その日の内のスピード逮捕といってしまえば、誠にカッコが良いが、正直、あまりに速すぎて、逆に保身や組織防衛の為ではないかと疑りたくなる。
 データ書き換えについては、本人がすでに今年の1月か2月頃、特捜幹部や同僚に打ち明けていたことが分かっている。
 早い段階で上司も認識しているとするならば、これは明らかな組織犯罪である。
 最高検による記者会見は、マスコミで報じられた、まさにその日の午後9時過ぎのことだった。前々から段取りが決まっていなければ、こんなに早い逮捕、記者会見など出来ることではない。
 検事総長に次ぐナンバー2の次長検事を中心に、最高検幹部が居並ぶ会見も異常異例のことである。
 名誉回復の為に誠意を見せたといえなくはないが、どうも怪しいと思うのは私一人ではあるまい。
 検察庁の名誉にかけて、早く幕を引きたいという思いと、出来れば個人犯罪で済ませたいという思いがチラチラうかがえるようだった。

 加えて心配なことが2つある。
 1つは、今回の失態を、当局がいたずらに糊塗し、歪曲しようとすれば、かえって検察に対する国民の不信は募るばかりになる、ということである。正義を求めて、不正を許さぬ断固たる姿勢の検察であってこそ、国民の安寧秩序は保たれている。
 国民にとって司法の権威が根底から揺らいだらどうなるのか。
 この際、徹底的に捜査検証を行い、ウミは全て出し切らなければならない。そして、検察組織を本来のあるべき姿に戻し、国民の信頼を取り戻すことが第一だ。

 もう1つの心配は、今回の不祥事によって、他の犯罪のケースでも同じことが行われてきたのではないかという疑心暗鬼が定着してしまうことである。
 最近の鈴木宗男氏逮捕や、目下騒がれている小沢一郎議員に対する疑惑についても、同じように検察の恣意的な冤罪ではないのかなどと思われては大変だ。
 すでに小沢疑惑について便乗して、逮捕された秘書が、無罪を言い出しているし、庇おうとしている民主党議員もいる始末なのである。

 今回のことで、今までも言われてきたことが、例の「可視化」の声が一段と高まってくるのではないか。
 可視化とは、警察や検察の取り調べの全過程を、録音、録画で明らかにし、全てを白日のもとに曝け出すことだ。
 確かに密室の中でどんなやり取りがなされているのか、我々には皆目分からない。
 弱い立場の容疑者と、権力を背景に持つ取調官とでは、格段に力の差があることも事実だ。人権問題を思えば可視化には一理ある。
 しかし、一方で、罪を犯したと思われる容疑者を証拠に基づいて追求する場合、おのずから緩急自在のテクニックも必要とする。
 全面可視化では、事実に迫れないという担当者の声にもうなずける。本来有罪の人まで処罰されないということになれば、それこそ大問題なのだ。
 ここは、やはり短兵急に答えを出すことではなく、この機会に充分な議論を尽くすということであろう。

 前述の如く検察は捜査権と公訴権を持っている。
 その権限に国民が大きな不信感を抱き始めているのが現状だ。
 この際、検察庁は組織防衛とか保身などかなぐり捨てて、本来の信頼を取り戻す為に、遮二無二努力することを厳しく求めたいと私は思っている。