言いたい放題 第76号 「本は宝だ」

 無冠になっても、政治の現状から目を離す訳にはいかない。
 国会の様子をマスコミを通じて見つめているが、なんでもっと国民本位で物事を考えて行動してくれないのかと、今の政治家に対する不満な思い、しきりである。
 9月の役員改選をめぐって、民主党内の大混乱ぶりはなかなか収まりそうもない。
あまりの無知無能ぶりをさらけ出して、国民から見放された鳩山由紀夫前首相、なんと今度はその側近とやらが蠢動(しゅんどう)し始めている。
 蠢動とは、我ながらいい表現で、まるで虫などがうごめくように、つまらない者達が策動したり騒いだりしている、の意である。
 菅氏につこうが、小沢氏と連携しようかどうでもいいが、せめて国家国民のことを考えてくれよと大声で訴えたい。

 もっとも、私がいくら怒っても、国会に席のない者には動きようがない。せめて講演やホームページで、歯ぎしりする思いで訴え続けるしか道がなく、この点は残念だし、支持者に申し訳ないと思っている。

 それでは今の立場になって私は不幸かといえば、決してそうではない。いや、正直に言ってむしろ幸せ一杯という面も多い。
 何よりもいいのは、前のように時間に縛られることが無くなったことだ。
 いつでも自由な時間がとれて、家族や友人達とゆっくり過すことが出来るぐらい幸せなことはない。
 そして、この立場になって一番嬉しいのは、本を読む時間に恵まれるようになったということだ。
 晴耕雨読というが、最近は時間があれば本を貪るように読んでいる。
 本好きの女房と向かい合って読書、この時だけは多弁の私も無口になる。
 今までは、どちらかといえば、必要に迫られて政治や経済の専門的な本が多かった。楽しめる小説類は、もっぱら車の中か、トイレで読んだものだった。
 今は、夜中も含めて時間はたっぷりで、全くの無制限、いくら何を読んでいようと許される自由人だ。
 満員の自民党政経塾で、とにかく機会を見て本を読めと教えている。
 「精読」、「熟読」、「乱読」なんでも良い。悪いのは、「積(つ)ん読」だと、塾生を笑わせたりしている。

 今、店に拙著も出ているが、私は何冊も本を書いて世に出し、自分では一人前の書き手のつもりでいた。
 しかし、色々なジャンルの本を読む度に、プロ作家の力量のすごさに驚き、自分の非力を教えられるような思いである。
 プロ作家は、生まれながらに天才的な頭脳を持っているとしか思えない。その上、大変な調査を重ね、常に知識を磨いている。
 そして、なによりも作者の人生そのものの発露が小説なり作品になっているのだ。
 どんな本でもいい。乱読であろうがかまわない。ともかく本を読めと若い諸君に繰り返し教えている。
 沢山本を読んでいるうちに、いつの間にか、不思議に君の知性や人格が作り上げられていくのだからと・・・。

 ところで、最近、特に私の心を打った本を推薦したい。
 その一冊は、「テンペスト(上・下)」池上永一著(角川書店)だ。
 作者は、沖縄県の生れで早大出身、私の後輩(特に関係ないのだが)である。
 この本は、沖縄の伝承と現代社会を、たくみに融和させて独特の世界を作り出している。
 物語は19世紀、琉球王朝の末期だ。琉球では帯刀が許されず、武器の使用が出来なかった。上流社会の男子は武器の代わりに、教養と美意識を研ぎ澄ますことを求められた。
 清国と薩摩の間接的な支配を受けていながら、琉球は大国を圧倒する美と教養によって、かろうじて王国を維持することが出来たのである。
 科試と呼ばれる最難関を突破したエリートは、即戦力として行政の中枢機関に登用され国の舵取りを行う。
 名門孫氏に生れた真鶴は、美しい女だが、神童といわれるほどの才気に溢れていた。
 しかし、この国では女人の官への登用は皆無である。
 孫家の再興を願う父親の夢を叶える為に、彼女は宦官と偽り、男になりすまして寧温と称し、王宮に入った。時に男になり、時に女になって、500年の歴史を持つ王朝を守る為に、絢爛豪華、波瀾万丈のドラマの展開となる。
 850頁を超える大作には、琉球王朝に寄せる作者の熱い思いが満ちている。
 この壮大な物語の内容を、ここで簡単にまとめて紹介することなどとうてい出来ないが、是非、この本を購読され熟読することをお薦めしたい。

 もう一冊は、講談社文庫から出されている百田尚樹著「永遠の0 (ゼロ)」だ。
 この本は発売から半年経て、2009年には「最高に面白い本大賞」に選ばれている。とても彼のデビュー作とは思えない才能溢れた小説だ。

 司法試験浪人を4年も続けて、ニートとなっている26歳の青年が、フリーライターをしている姉から依頼されて、第二次大戦で亡くなった祖父の生涯を調べる為に、様々な人々を訪ねることになった。
 零戦パイロットであった祖父についての評価はマチマチで、ある人は臆病者といい、別の人はパイロットとして天才で人格的にも素晴らしい人だったと言う。
 人によって異なる祖父の人物像に戸惑いながらも、何かに惹かれるように人々を訪ねる。やがて祖父こそ本物の男なのだと、その雄々しい姿が明確に浮かびあがってくるのだ。
 零戦闘機は、太平洋戦争で、世界に誇る日本の名戦闘機だ。パイロットの優れた飛行技術と相まって、大いに米軍を脅威に陥れた。
 名パイロットとして、まさに歴戦の勇の祖父は、自分の能力の全てを駆使して、敵と敢然と戦い続けるのだが、、一方で日本に残した妻や子のために、断じて生きて帰ることを決意していた。
 最後は特攻で散華するのだが、本を読み進めるごとに、戦争とは何か、そして、その中で国民は何を考えどう生きてきたのかを熱烈に問いかけてくるようであった。
 私は人間の尊厳と愛を貫いた祖父の姿に、何度も感動し、泣かされた。
 すでに戦後65年、戦争を知らない人々が圧倒的多数だ。そして、自己中心で、他の為に尽くすことを忘れつつある時代だけに、この本こそ、若い人達に是非読んで欲しいと強く思った。
 当然、私の息子や娘達にも薦めた。彼らも私と同じように、感激し、何度も涙をこぼしたという。
 その姿を見て、何かホッと救われたような思いがしたものである。
 
 さて、次はどの本を読もうか。
 読者離れと言われて久しいが、書店に行けば新しい本が続々と出版され、あふれている。今の私にとって、本は何物にも代え難い、まさに宝の山なのである。