言いたい放題 第75号 「3キロ太った」

 公務を離れて1年以上が経過した。
 色々な支持者に出会うと、「少し太ったのではないですか?」と言われたりする。「どこがァ、太ってなんかいませんよ!」と、思わずムッとして反発する。
 「前とちっとも変わりませんね」「若くて相変わらずダンディですね」と言われると、それがお世辞とわかっていても、つい顔が緩んでくる。
 相変わらず単純な自分に苦笑する。

 実は、あれからわずか1年の間に、正直、3キロばかり体重が増えている。食べるのもお酒も、まぁ一般の人から見れば相変わらず沢山の量だが、前とほとんど変わってはいない。血液検査もγ-GTPを除いては百点満点だ。
 週3回はスポーツクラブに通って汗にまみれ、身体を絞るように鍛錬もしている。なのに何故少しずつ体重が増えるのかと思うのだが、よく考えれば、やっぱり国会議員時代の忙しさとの相違のようだ。今も結構忙しく充実しているが、当時の仕事量はやっぱり桁違いで、その日常生活の絶対的違いが、じわじわと体重につながっているようだ。
 今思えば、普通の人の何倍も働き続けて来たわけで、われながら、よく頑張ったものだと、誰かの言葉ではないが、秘かに自分をほめてやりたい思いがする。

 5度、大臣の役に就いたが、中でも54歳の郵政大臣の頃が一番体力気力共に優れていたように思う。毎朝6時には秘書官とSPを引き連れて必ず走ったものである。
 任期中に全国の郵政局を踏破したが、その全ての地方でも走った。
 沖縄を訪れた時には、船のマストの頂上から得意のダイビングを行って、記者団はじめ随行の人達を驚かせた。(その勇姿は写真にして自宅に保存している、念のため)
 国会開会中の大臣稼業は、想像を絶する秒刻みの暮らしだ。
 国会の答弁に立つ時は、当日までほとんど徹夜続き、その上私の場合、必ず文章は自分で書くので余計忙しく、まさに寸暇を惜しんでである。
 海外に出掛けた時も毎朝マラソンは欠かさなかった。国家公安委員長時代、カナダで開かれたテロ対策閣僚会議に出席したが、4日間、昼間は会議会議の連続で、町を観光することなど全く出来ない。
 しかし、この時も毎朝6時に6キロマラソンをして、オタワの町はほとんど全て走りながら見学することが出来た。

 大臣は、国際会議に出席する機会が多い。
 特に通産大臣時代は、国内だけでなく世界を相手にしての仕事だから度々出掛けたものだ。
 しかも、当時野党は様々な理屈をつけて、直前まで大臣を引き留める悪習があった。時には、パトカー先導でサイレンを鳴らして空港まで走り、搭乗時間ギリギリに飛び込むという離れ業をやってのけた。
 アメリカやヨーロッパになると、日本とは昼夜が逆で、往きの10時間余りの夜間飛行中は、もっぱら会議の為の勉強勉強で、随行役人と協議の連続だ。一睡もしないで現地に到着し、そのまま会議に出席したことも度々だった。
 数日間の会議を終えると、又、直ちに帰りの夜間飛行で、今度は予算委員会などでの国会答弁準備で休む瞬間もない。帰国してまっすぐ国会へ直行し、答弁に立つという場面など普通だった。
 よく身体がもったものだと思うが、心身共に充実していて、国の為に全力をあげて働いていることに、誇りと自信に満ちていて、生きがいを感じる日々であった。

 通常は、まず早朝大臣室に入り、スタッフとの綿密な打ち合わせから一日が始まる。
 ぎっしりと詰まった日程表通り、衆議院、参議院の会議室と大臣室を何度も往復する。
 なぜか、いつも移動時間が足りなくて、ほとんど走っての移動だ。秘書官、SP、関係官僚が一団となって走るから、国会見学客がビックリしていたものだ。
 国会議事堂は実に広くて、隅から隅まで走り回ると大変な距離になる。当時は万歩計をつけていたが、だいたい1日1万歩以上、時に3万歩を走った記録が残っている。
 最近、中井大臣など、SPや秘書官をまいて、女性とデーとしたりと、閣僚達の数々のスキャンダルが報道されている。一体よくぞそんなことが出来たものと、自分のあの頃と比較して、全くあり得ない話とあきれたり、腹を立てたりしている。

 そんな激しい暮らしから解放されて1年、前述のように、あの頃と違って知らぬ内に運動量が確実に減っていて、余分な肉が付いていたという塩梅である。
 近頃は、もうスポーツクラブに通う程度ではとても追いつけない。
 深夜テレビの広告を見て、減量の為の健康器具やサプリメントを買って試したりしたが、あれは絶対効果無しだ。よく見ると「人によって異なります」と書いているではないか。
 もともと「楽」して痩せることなんかある筈がない。
 やっぱり、食べる量やお酒を減らすことなのか、しかし、あと何年生きられるかと考えると、食べない飲まないのはなんとも勿体ないではないか。
 近頃一応、週一回断酒をはじめたが・・・あぁ・・・。