言いたい放題 第71号 「所在不明の高齢者、何故だ!」

 100歳以上の高齢者の所在や生死がわからないという事態が、次々と明るみに出て、すでにその数は60人を超えているという。発端になったのは足立区の事例で、悲惨なことに遺体はミイラ化していたという。
 色々な痛ましいケースがある。神奈川県秦野市の104歳の男性は、住民票記載の住所で長男夫婦と同居していたことになっていたが、実はその長男夫婦は老人介護施設に入っていて、現場は空き家であった。
 茨城県の鉾田市では101歳の男性が行方不明だが、その家に新聞がたまっていることから、ヘルパーが不審を抱き調べさせたら、妻は施設に入院していて認知症で何もわからなかったという。
 あぁ、なんと悲しい話ばかりなのか。
 世界一の長寿国となった日本、そのことをいささか自慢し、誇りに思ってきたのだが、こうした連日の報道をみていると、空しい思いがつのるばかりだ。

 私の場合、女房や家族に恵まれ、よもやこのようなことは起こるまいとは思うが、長生きしさえすれば、幸せとは限らないと、つくづく思う。
 中には、犯罪につながりかねないケースも起きている。杉並の113歳女性の場合、その夫は元都職員で、本人宛に遺族年金が支給されていた。実に約50年にわたって本人名義の口座に支払われていたというのだが、それでは一体誰が受け取っていたのだ。
 今、100歳以上のお年寄りは約4万人いるといわれていが、これはかなりあやしい数字になってきている。
 前述のケースを考えると年金不正受け取りもかなりの数にのぼる可能性もある。
 足立区のミイラ化遺体の場合、彼名義の口座に最初は老齢福祉年金、後に亡くなった元教員の妻の遺族共済年金が多いと切りかえ、引き続き入金されていた。計1845万円を家族の者が不正受給したことになるのだ。

 かつて、私が郵政大臣の時代、(100歳になった)高齢者に賞状と記念品を贈ることになっていた。私が直接御自宅に行き手渡して家族の温かい歓迎を受けたものだ。何度もその光景はテレビ新聞で報道されたものだ。
 そういえば、あのようなニュースを最近あまり見なくなったような気がする。
 一応100歳の誕生日を迎えた年度に、総理大臣からは記念品が贈られることになっているが、今度の件で、実際は、その実務を担う市町村が、必ずしも全員に渡していなかったということではないか。
 全ての人を訪ねていたのなら、その場で不明も死亡も確認されるはずだ。
 このような不幸な状態を生んだ一義的責任は、行政機関の怠慢にあると言わざるを得ない。
 長妻昭厚生労働大臣は、まず100人未満と思われる110歳以上の年金受給者と対面調査をすると発言した。しかし、そんなのん気なことをいわずに全国の都道府県市町村、つまり行政側に、具体的指示をすべきだ。100歳以上の4万人程度の高齢者調査は全国自治体が各々一斉に調査すれば簡単には終るはずだ。
 国の指示に従わず、調査を怠った場合はその地方自治体名を、具体的に公表すればいい。
 全国の地方議員は全面的に行動を起し、行政側を叱咤激励して徹底的な調査を開始させるべきである。
 幸い、来年春は地方統一選挙が行われる。地方議員の行動をよく見つめ、正しい評価を下せるチャンスにもなるではないか。

 しかし、今日のような事態を招いた最大の、そして根本的な理由は、家族の崩壊にあると私には思えてならない。
 自分の一番近い身内の者の所在が何年もわからない、一体そんなことがあっていいのか。捜索願すら出していない家族とは一体どんな人達なのか。
 夫婦別姓問題で私が指摘したように、日本の良き伝統の「家族」を否定し、大切にしない風潮が近年広がりつつある。
 社会党の福島瑞穂党首など、「個人」を「一家族」とするなどと訳のわからないことを言っている。
 父母、親子、兄弟が尊敬し合い、慈しみ合い、助け合って、良き家庭をつくる。その家庭が、地域と連携して良きコミュニティを形成しやがて日本という国家を作り上げる。
 この日本の素晴らしい姿が、次第に消えつつあるのではないか。
 近頃、幼児虐待や子殺しが大きな社会問題になっている。
 自分が産んだ子を、無責任に厄介者扱いする鬼のような母親、近所で連日子どもの泣き叫ぶ声が聞こえても、知らんぷりを決め込んで警察にも連絡しない人達。大阪の二児遺棄事件で異常に気づいた人は多いが、児童相談所へ通報したのはたった一人であった。
 出来るだけ近所と関わりを持ちたくないという人が増えているというが、そんなことで世の中は成り立たない。この世は一人では絶対に生きられない。万が一災害にでもなった時、誰が助けてくれるのか、やがては自分に返ってくることを知るべきだ。
 この件で通報を受けた相談センターの対応も最低だった。マンションを一応訪問したのだが、インターホンを押しても応答がないので、安否確認をしないまま帰ったという。まさに無責任時代だ。

 いずれにしても、長い年月、家族の為、社会の為、そしてこの国の為に、何らかの形で尽くしてきた高齢者を悲しませてはならない。
 家庭と社会で、温かく包み込むように高齢者を支えてあげたい。
 家庭からも周囲からも、全て関係も断ち切られた孤独で不幸な人を思うと、目頭が熱くなる。
 それにしても、国会の、特に予算委員会で、この問題を大きく取り上げようとしなかったのは何故か。不毛の議論より、この重大問題の解決を促す議員がもっと多く居てもいいのではないか。