言いたい放題 第60号 「嬉しさと寂しさと」

 6月11日午後6時から、私の出版祝賀会がホテルニューオータニで開かれた。
 一体、どのような集会になるのか、少しばかり心配だったが、なんと芙蓉の間にはおよそ千人の応援者が駆け付けてくれ、満員の盛況であった。
 ホテル側にいわせると、民主党政権になってから、こうした政治家の集会はすっかり無くなって、閑古鳥が鳴いている。たまにあっても500人を越える会は皆無とのことであった。変わらぬ友情が本当に有難く、心から感謝すると共に、昨年の選挙で御期待に応えられなかったことに、ひたすら申し訳ないとの思いで一杯だった。

 選挙目当てのバラマキ公約と、「政権交代」というなんだかわからない幻の夢にすっかり惑わされて、あっという間に民主党は政権を得た。しかし、わずか8ヶ月、たちまち馬脚を現わして、鳩山小沢両氏の退陣となった。
 あの頃は「やらせてみなければわからない」という、妙に正論のような言い方がまかり通ったが、少し論議すれば「やらせなくてもわかっている」ことばかりであった。
 子ども手当、高校授業料無償化、高速道路料金無料化、農家の個別補償など、聞こえは良いが、全てお金のかかる話ばかり、こんな財政悪化の中で、もともと出来ることではないのだ。これらの辻褄合わせで、92兆3000億円という最大の予算となり、なんと税収37兆円に対し、国債は44兆円と収入を上回る過去最大の大借金となってしまった。これでは、日本の財政規律などあったものではない。

 沖縄の基地問題にいたっては、長年にわたる自民党政権時代の努力で、ようやくまとめあげた辺野古以外に、もともと他の方法はなかった。腹案があるなどウソっぱちで、結局、最初の案に戻ってしまった。国外、最低でも県外という主張は選挙の為の口実で、沖縄で民主党は全勝したものの、でたらめ公約がわかって行き詰まってしまったのだ。
 ここまでくると、もはや万策は尽きて、あっさり総理の座を投げ出して、菅総理に代わった。国民に選挙で信を問うこともなく、これでは、彼らが批判した政権たらい回し以外の何ものでもない。
 ところが、顔を代えただけで、17%まで落ち込んだ支持率がなんと60%まで一気にはね上がったのである。一体、国民が何を考えているのかさっぱりわからない。私にとってこのことの方こそ問題で心配なのだ。顔は代わっても政権政党民主党の政策も中味も全く同じである。
「こんな政治では、日本がダメになる。」
 まさに私の書いた本の主張通りの状況に変わりはないのである。

 私の祝賀会場には、田野P良太郎総務会長、石破茂政調会長らが駆け付けてくれた。先輩をいつも大事にしてくれる彼らの心情には頭が下がる思いであった。
 私には、国の行方を誤らぬよう真実を伝え訴えていく義務がある。そして何よりも、若い人を育てる役目も大きい。「これでは、身を退くことは当分出来ないな」というと、万雷の拍手となった。
 中曽根康弘先生の俳句に、「暮れてなお 命のかぎり 蝉しぐれ」というのがある。蝉は卵で1年、地中で7年過す。そして世に出ると、わずか1週間で生命は尽きる。短い生命の中で、必死に鳴き続けるが、政治家も蝉のように、生命尽きるまで訴え続けようという中曽根先生の心境だ。今の私にその気持ちが痛い程わかる。
 「私にとって、これからどのようなことがあるかわからない。しかし、たとえどんな境遇であっても私の生ある限り、この愛する日本のために、日本人のために、私は働き続け、訴え続けなければと思っている。」
と結んだ。

 久しぶりに燃えた大集会であった。本当は全て満足なはずなのに、しかし、心のどこかに寂しさと、ある種の空しさが残っていた。みんなの期待が相変わらず大きいだけに、無冠のわびしさが私の脳裡にあるのかもしれない。