小沢幹事長と並んだ谷亮子の姿を見て、世も末だと思ったのは私一人ではないと思う。
 私も熱烈な谷ファンだったが、それは五輪選手として、けなげに頑張っている姿に対してであった。
 人間というのはお粗末なもので、おだてられるとすぐその気になるらしい。
 はっきりいって身の程知らずというのはこうしたことを言うのだろう。
 記者会見で世間から金まみれ、独裁者と紛糾されている小沢幹事長をほめまくって、満面に笑みをたたえて「地球を覆うほどの愛で頑張りたい」とのたまわった。
 一体どういう意味なのかさっぱり分からない。
 知性のかけらも感じられない発言内容だった。
 結婚、出産後も「ママでも金」を成し遂げたのは立派だが、アスリートとしての才能があれば、そんなに頭をつかわなくても後は体力勝負で出来ないことはない。
 彼女が柔道と母親の二足のわらじで戦った頃、「両立は本当に大変」と度々こぼしていたのではなかったか。
 「ロンドン五輪で金メダルを目指します」と言っているが、それで三足目のわらじ、政治家としての本分を果たせると思っているのか。
 とんでもないことだ。政治は片手間で出来ることでは断じてない。
 全人生をかけて、日々最大の力をつくしても、尚、充分な政治的成果はなかなか得られないというのが実際だ。働き続けて来た私でも、いつも悩みはつきなかったのだ。
 混乱極まりない日本の現状を救う情熱と、日本の将来を見据えた確固たる政策を持たずに、簡単に政治の道を目指すなど、しかも掛け持ちでやるなど、政治を、そしてまともにやってきた政治家を冒涜するものだ。
 おそらく、例えば横峯パパとか、ぶってぶっての姫井女史のような、あんな程度でバッチがつけられるからと甘く見たのかもしれない。
 朝日新聞4月12日の天声人語に、小沢幹事長が「百万、千万の味方を得たような」と語ったが、もしや票数の話ではないかといみじくも書かれているが、まさにそれ以外の何ものでもない。ただの広告塔に利用されたのだ。
 それでも今の政治家の姿に嫌気がさして、政治離れしている人達から見れば「さわやかなヤワラちゃん」で、残念ながらやっぱり票は集めるのではないかと思う。
 しかし、それでは政治がいよいよ駄目になる。
 夏の参議院選挙は、どうやらプロの野球選手やプロレスラーなど、著名選手?あるいは、すでに過去となった人も含め芸能人の擁立が相次ぎそうだ。
 かつて、三浦知良氏が自民党から比例区への出馬を要請され、「僕はサッカー選手、政治のことはわからない」と断ったことがある。おだてられ、すっかりその気になっている連中に、三浦氏の爪の垢でも煎じて飲ませたい位だ。

 そもそも第二次世界大戦後、GHQが主張する一院制度に対抗して、二院制度を守った先達政治家のおかげで参議院は存在する。
 当時、占領軍総司令部に立ち向かって日本の主張を貫くことなど、生命がけのことであった。
 6年間も解散の無い任期をつくったのも、衆議院とは異なり、じっくりと腰を据えて、日本の今と未来を考察して正しい日本の舵取りをさせようとしたからだ。
 ところが、今の現状はどうだ。
 参議院の本来の目的から離れて、衆議院と全く同じで政争の場と変わり果てた。カーボンコピーといわれた時代の方が、まだマシだった。
 次第に存在価値が失われて、選挙に出る人も、衆議院からの落ちこぼれか、前述のようにバラエティ番組が出来るような顔ぶれになってしまったのだ。

 政治家はこの道に人生をかけたプロでなくてはならない。
 政治家は手腕力量がなければならないのだ。
 近頃、参議院でそんな候補者はなかなか見かけない。いっそ、参議院不要論が出てこないか。出てきてもおかしくない。
 少なくとも、民主党が得意の例の仕分け作業で、参議院の無駄をはぶく為に、解体もしくは思い切った縮小について本気で議論すべきではないか。
 膨大な血税を、役に立たぬ人に配るほど日本は豊かではないのだから・・・。