半年ぶりに京都へ行き満開の桜を楽しんだ。3月末から4月3日までの、珍しく長い3泊旅行であったが、曇、雨、晴とお天気も日替わりで、お陰で微妙に異なる桜の各々の風情を楽しむことが出来た。
 その後の土曜・日曜日となると全国から集る人々々で、桜を愛(め)でるどころではなくなる。場所によっては、まるで隊列を組んで、ひたすら歩くだけといった光景になる。
 あと何日かすれば一気に潔く散ってゆくのだが、今は「さぁどうだ」と言わんばかりに咲き誇っている。
 前にも書いたが、坂村真民氏の詩が脳裡をかすめる。「花は散っても悲しくない、ただ一途に咲いたことを喜ぶのだ」。本当にそうだなと改めて思った。
 女房の好きな醍醐寺、天龍寺・・・、私が好んで必ずいく哲学の道・・・、いずれも何種類もの桜が迎えてくれて存分に満喫することが出来た。

 今回、訪れた理由の一つは、今年10月に行う京都での私の講演打ち合わせの為であった。
 京都御所蛤御門前に護王神社があるが、この文室隆紀宮司からの依頼である。
 かつて明治23年(1890年)、時の山縣有朋内閣は、教育に関する勅語(いわゆる教育勅語)を発表したが、丁度、今年で120年目を迎える。10月29日には祭典行事があるが、その記念講演を私が行うことになっているのだ。
 教育勅語は明治天皇が国民に語りかける形式になっていて、12の徳目が明記され、これを守ることが日本国民の伝統であるとし、最後に天皇自らがこれを守る為に努力したいと誓って締めくくっている。
 日本が終戦を迎えると、マッカサー元帥の下、日本を事実上占領統治した連合国軍最高司令官総司令部(いわゆるGHQ)の命によって、教育勅語は失効させられた。(一応、衆議院、参議院で可決された形はとっている)。
 理由は、一口に言って、軍国主義教育はけしからんということであった。
 確かに一部に悪用された部分があることは否定しないが、改めて読み返してみると、国民の道徳のあり方を明確に示していて、その指導原理は、混迷を続けている今の日本にとって必要なことと私には思えてならないのである。
 ちなみに、私が塾長をつとめている自民党政経塾には、授業開始前に全員で唱和する「塾訓」がある。私が作ったものだが、教育勅語とその志すものは同じである。
 親を大切に、兄弟仲良く、夫婦は仲睦まじく、友達は信じ合い、広くすべての人に愛の手をさしのべる・・・云々。
 私自身、この徳育をより多くの若者達に伝えなければと考え、具体的に実践しているだけに、講演依頼に喜んで応諾したのであった。
 あぁ、又、10月に京都に来られると、特に喜んでいるのが女房であることは言うまでもない。

 白川の清流のほとり、辰巳神社を歩いている時、ヤサカタクシーの車が近寄ってきて、私達の横で止り、運転手さんがニコニコ笑いかけてきた。
 今回の京都旅行で強く感じたのは、どのタクシーに乗っても運転手さんが愛想がよいという点だった。特にMKが抜群でその次ヤサカタクシーだ。
 なんだか知らぬふりをするのも悪い気がして、その車に乗り込んだのだが、開口一番、「いやー、深谷さんを乗せられて嬉しい」。
 田中角栄の熱烈なファンだったが、その次がどうやら私だということらしい。
 知恩院に着くまで、彼は政治を語り続けその博識ぶりにはびっくりした。
 「去年10月、深谷さんが四条の井澤屋さんに入るところを見かけたんだ」。私は思わずのけぞった。まさに驚きの連発、これぞ決定打だった。
 井澤屋は京織物、袋物等の名店で、京都へ行けば必ず立ち寄る。もう20年以上になるが、ここの御主人と奥さんは、いかにも京の人といった落ち着いた品の良さがあって、大した買い物もしないのに、いつも良くしてくれる、私達の好きな店なのである。
 「ここで別れるのは残念です」、最後の運転手さんの言葉に、なんだか胸が熱くなった。

 やっぱり花よりだんご、相変わらず食べる飲むこと大好き人間の私、今回も色んな店を訪れたが、大阪の松本隆三御夫妻に案内された「未在」が最高だった。
 円山公園の敷地内にあるこの店には、前に一度、今回と同じ顔ぶれで訪ねたことがあったが、最初正直、あまり気に入らなかった。
 なによりも、時間が来ないと中に入れてくれない。食事の前にはお酒を飲ませない。わずか10数人のカウンター席なのだが、全員が揃わないと料理が出ないのだ。
 ところが、なんと昨年10月に出されたミシュラン京都版で、わずか6件しか選ばれない三つ星に輝いたのだ。
 松本さんが申し込んでくれたのだが、ようやく席が取れたのがなんと4ヶ月目であった。小雨の中、店の近くまで行って迷って電話を掛けると、白い清潔な作業着の若い板前さん2人が傘を持って出迎えてくれた。おや、前と違う雰囲気ではないか。
 すでに客も揃っていて直ちに料理がスタートする。まず炊きたてのご飯と汁、向付が出るが、これは茶事の作法に則っているとか・・・。
 お造りは豪勢に盛りつけられ、一つ一つの産地が説明される。醤油は使わせず自家製の昆布だしを使ったゼリーで味わうのが美味しい。
 出される料理はどれも絶妙な味付けだった。かけ値なしに、これぞ京懐石の名店と感嘆したのであった。
 帰りは雨の中、又2人の若い衆が車まで傘を差し掛けて送ってくれる、礼儀正しい。
 時間厳守だとかなんとか、こっちは客なんだと立腹した去年のことを思い出す。
 頑固、無愛想と思った店主も、実は生真面目で客のためにひたすら一生懸命。やたら愛嬌がありすぎてうるさくされるより、かえって心落ち着けるのかもしれない。
 もともと客は勝手、客種も様々だから、料理を作ったり客の応対したり、料理長・店主も大変な商売で、私にはとても無理な話ではある。
 ちょっと私も、客として三つ星を取らなければならない年頃かな、と思ったりした。
 京都はいいなぁ、花もだんごも、同じように好きだ。