ついに門田泰明氏とお会いし、昼食を共にした。
 なんだか大げさな書き出しだが、私にとってはそんな思いである。
 門田氏はいわゆるベストセラー作家(この言い方が正しいか分からないが)で、私はかねてからファンの一人であった。

 私の一族は、乱読に近いほどの読書家が多い。特に女房は本が大好きで、時間さえあれば夢中になって読みふけり、熟読中は私へのサービスは滞りがちになる。
 私は昔から横着を決め込んで、手元の箸さえとらぬ程の亭主関白だ。又、長い年月(46年)かけてそのように女房教育をしてきたつもりだが、どうも読書中は、大体私は無視されている。
 もっとも、その無視傾向は、年をとるにしたがって近年一層決定的になって、他の場合にも及んでいるが・・・。
 私の場合、現職議員の時は、公務に追われ続けていたから、なかなか落ち着いて本を読む機会はなかった。それでも国会への行き帰りの車中や、あまり感心されないがトイレの中など、まさに寸暇を惜しんで読んだものだ。
 仕事柄、難しい本を読まなければならないことも多いが、これは必要に迫られてのことで、公務と割り切って時間をしっかりとって、腰を落ち着けて読む。
 だから普段は、わずかな時間に小刻みに読むから、比較的気楽に読めるハードボイルド物や、時代ものなどが多くなる。

 近年、そうした小説の中で、特に門田氏の本を愛読するようになっていた。
 氏の書いた特命武装検事・黒木豹介、一般に「黒豹シリーズ」と呼ばれているが、これは1,400万部を軽くこえ、今も売れ続けているという。学生から大人までファンの年齢層も広い。
 「燃えるような闘魂、不屈の勇気、神から与えられた強靱な肉体、これらが炎を噴き上げたとき、大地は鳴動し天は震えた。」世界最強の主人公・黒木豹介は、まさに魅力いっぱいの男である。
 又、氏は時代小説も書く。ぜえろく武士道覚書「一閃なり」のように、ここでも颯爽と剣客・松平政宗が登場する。
 「蝶のように舞い、蜂のように貫き、雷の如く断ち斬る政宗の位高き剣法・・・。」門田小説に登場する主人公は、女性が誰でも必ず振り返る美貌の持主なのだ。
 氏自身が医療関係の仕事に従事したことがあるだけに、ここから題材をとった「白い野望」などもある。
 時に荒唐無稽な内容もあるのだが、基本的にかなりの調査と研究がなされている。
 土台がしっかりしているし、迫力ある筆風だけに、読者はたちまちその舞台に引きずり込まれてしまうのだ。

 その門田氏から、今年5月、突然、著者署名入り捺印の「続・存亡」という本が送られてきたのである。
 私は一方的な彼のファンではあるが、勿論、面識がある訳ではない。一体、何故かといぶかしく思いながらも、一気に読破した。
 長崎県対馬が、ある日突然、全ての通信も絶たれて沈黙する。そこから始まるテロ事件、海上自衛隊・対テロ特殊部隊が日本の存亡をかけて闘うというドラマであった。
 勿論、作者がつくりあげたフィクションだが、決してあり得ないことではないと思わせる迫力がある。
 特に衆議院でテロ対策特別委員長を3年も続けている私から見れば、その一つ一つが「あり得る」と、うなずける話ばかりで衝撃的であった。
 改めて、上巻の「存亡」を買って読んだが、これも陸上自衛隊対テロ打撃作戦小隊が、国家の命運をかけて死闘をくりかえす長編小説だ。

 日本は敗戦からこの60数年、本当に平和な時代が続いた。第二次大戦以降、世界は二度と戦争をしないと誓ったが、今日まで、世界で戦火の絶えたことはない。
 先進諸国の中で、戦争に巻き込まれたことのない国は日本だけである。
 これは、幸運に恵まれたこともあるが、やはり国民の叡智と、小さな声で言うが、わが自民党の政策の成果といえなくはない。
 平和が続き、当たり前になって、今ではすっかり平和ボケになってしまっていないか。しかし、昨今の世界の動き、とりわけアジアの状況を見ると、実は戦争の危機がヒタヒタと迫っている。ほとんどの人がそのことに気づかないか、気づいても、「なあにそんなことはない」とたかをくくっているのである。
 突然、門田小説に出てくるような事件が起ったら、おそらく、日本は、政府も含めて、残念ながらただオロオロと周章狼狽するだけでお手上げとなること、必至だ。

 この小説の中で、登場人物を借りて、厳しい政治家批判をしているが、それに近い状況だけに、耳の痛い話であった。
 かねてから同じ思いで、それなりに活動してきた私だから、門田氏が小説を通じて伝えようとしていることが手にとるように判る。門田氏はおそらくテロ特委員長こそ、この本を読むべしと送ってくれたのであろう。
 後日、テロ特委員会の与党打ち合わせ会で、私はこの小説の中味を説明し、国会議員の一人でも多くが、この本を読むことを提案した。大島理森国対委員長(現幹事長)は直ちにメモして、早速、内閣官房に命じ本を求め、みんなに配布してくれたのであった。
 
 読後、私は早速礼状を送り、あわせて、私の新刊本、「明るい日本を創る」(角川学芸出版)を送った。驚いたことに折り返し、直ちに返事が届き、更に追いかけるように、私の本の感想を書いた手紙が送られてきた。
 それも通り一遍のものではない。
 門田氏は昭和15年生まれ、私の弟と同年の5歳下で、いわば同じ時代を共有している。だから私の歩みや思いがそのまま重なりあっている。
 私は家族と共に、戦後一年経て、ようやく満州から日本へ引き揚げて来て浅草で暮らしたのだが、「それらの光景の一つ一つが鮮明に浮かんできて、他人事とは思えない。84頁の数行を読んだ時、とうとう耐えられずに落涙した」と書かれていた。
 私の拙い本を、ここまで克明に読まれたかと、こちらも胸が熱くなったものだ。
 後日、氏の母親が書道の先生であったと伺ったが、文章は勿論のこと、ペン字で書かれた字も又、格別の達筆であった。
 今、私の手元に十数通ぶ厚い大流行作家の書簡があり、新しい私の宝物となっている。
 丁度、長編小説書き下ろしの最中で、門田氏は多摩の自宅と軽井沢の仕事場を往復し、調査や研究の為に全国をかけめぐっていて、多忙を極めた時であった。
 お互いに、お会いしましょうと書きながら、こちらも国会、選挙、落選とめまぐるしい日々が過ぎ、なかなかその機会が無かった。
 そして、ようやく11月7日、浅草むぎとろで、待望の「御対面」となったのである。

 恰幅のよい、堂々とした体躯と風貌の門田氏、8才年下で、もの静かな奥様と、女房を含めて4人、初の顔合わせなのに、たちまちごく自然の会話となった。
 「今日は昼ですから一滴も飲みません」と断る門田氏、「そうですか、それでは私達はいただきます」と、こちらは生ビール、焼酎とピッチがあがる。
 もっぱら私の方が一方的に喋ったようで、女房曰く、「一つ一つに丁寧に耳を傾ける姿が、とても印象的であった」とのこと、汗顔の至りであった。

 どんな職業でも苦労が多いのは当然だが、これはベストセラー作家といえども変わりはないようで、そのことを門田氏は「ダブルミッション」下巻の「あと書き」で率直に語っている。
 「ペンを動かすのをやめれば、たちまち文士の生活は破綻する。有給休暇もなければ雇用保険もない。将来貰えるかどうか怪しくなってきた年金にしたって、会社勤めの厚生年金や公務員の年金に比べれば、わずかに鼻くそほどでしかない。だから毎日が背水の陣であり、真剣勝負に輪をかけた真剣勝負である」。
 「やっと書き終えて、ヒグマみたいな唸りを一発放ってベッドの上にひっくりかえってしまった。朝昼晩三食の時のほかは、ほとんど動き回る必要のない環境だから、たとえば1,000枚の原稿を書けば、運動不足で10キロは確実に太る。私はすっかりミニブタみたいに太ってしまった。元の体重に戻すには一ヶ月ばかり山ごもりしてカスミを食って生きるしかない。だが次の仕事で、すでに尻に火が点いているからカスミを食っている場合ではない。またしてもシンドイ調査と分析と勉強が待ち構えている」。
 ベストセラー作家だから、一般の人から見れば、それこそいいことづくめのように思える。しかし、その実際は苦労の連続なのだ。人より秀でる人、世に出る人の努力は並大抵なものではないのである。

 楽しい時間は早く過ぎるもので、昼食というのにあっという間に3時間も経過していた。本当に心地よい出会いと会話であった。
 そして次の日、もう門田氏から、礼状とハードカバーの本がなんとダンボール箱で10冊も送られてきた。
 それらの本の全てサイン入りだが、深谷隆司宛に各々一冊ごとに言葉がそえてある。
 「日本に全力を投じて下さった」
 「日本を心から愛した政治家」
 「われ閑々として悠々たる政治家」
 「これからの日中国交の大黒柱になって戴きたいと願う。論の張り方、懐の深さ大きさ、強烈な優しさ、圧する風貌、どれも惜しすぎます」

 「フェニックスであって戴きたい」
 「私の最も親愛感を覚えた政治家」
 「武蔵坊弁慶を思わせる」
 「なによりもお体お大切に。元気百歳まで!!」

 私は感動でノックアウトであった。


 更に実は、もう一つ、「全国公共宿舎ガイド」というぶ厚い本も加わっていた。
 最近、京都へ行ったという話題から、「『KKR』というホテルを御存知ですか」という話になった。
 実は、私は太ることを心配して、かの地で毎朝、鴨川や街中を何キロも歩いた。
 丁度、ホテルオークラのすぐ近くに大きな建物があって、あまりに立派なので一体どういう所有かと思ったが、それがKKR京都くに荘」で国家公務員共済組合連合会の宿舎であった。なんでも久邇宮邸跡地に建つ宮家ゆかりの宿とのことである。
 「値段は安いし、料理もうまい。誰でも利用できる。夫婦で京都のここへも泊まったが、一番高い部屋を注文するのがコツだ」と門田氏。
 そんなものかなと、うっかり聴いていたのだが、なんとその全国の公共宿舎紹介の本を届けてくれたのである。
 至れりつくせりとは、こうしたことをいうのかと、つくづく門田氏の誠実さには感嘆した。

 つい最近、仙台の友人竹内君から、戦国時代の武将の中で、伊達政宗は特に筆まめだと解釈つきで、佐藤憲一氏の著書「伊達政宗と手紙」という小冊子が届いたばかりであった。
 戦国武将の自筆の手紙は極めて少なく、それも祐筆(文章を書く専任の秘書)に書かせることが一般だ。織田信長の現存する自筆はわずか3通、だから値が上がり、細川忠興に宛てた手紙は国の重要文化財になっているという。
 政宗の場合、現存するのは千通を超えるから、実際は数千通はくだらない。その内の7割は自筆とのことなのだ。
 「文は人なり」、「書は人を語る」といわれるが、政宗の場合、「自筆にまさる誠意なし」が信条であったと書かれている。
 門田氏の手紙は、今や私の重要文化財だが、「自筆にまさる誠意なし」の政宗とぴたり一緒だと思った。
 私も比較的、こまめに自筆の手紙やはがきを送る方だが、数が多い分、値段は安いに違いない。

 私も女房も、すぐその気になる性格だ。丁度、大阪の松本氏から、例のミシュランの三つ星、「末在」へ行こうと誘われて、予約は4月1日にようやくとれたと連絡があった。
 そこで早速KKR京都へ連絡をとり、3日間の宿泊の申し込みをしたのである。
 来年のことを言えば鬼が笑うというが、4月の土日はすでに予約済みで空いていない。「競争ですよ」と行った門田氏の言われた通りであった。
 勿論、「一番良い部屋を」と注文したのは言うまでもないことである。