10月16日に、ミシュランの「レストランガイドの2010京都・大阪版」が発刊されて、マスコミを又、にぎわせている。

  週刊文集で、渡辺淳一さんは「情けないミシュラン騒ぎ」とのタイトルで、そもそも日本料理店はレストランではない、名前も呼び方も内容も全く違うものを、一緒くたにされてはたまらない」と怒っている。

  確かにミシュランガイドは、すでに世界24地域について発行されているが、フランスのように、1年中、ほとんど変らないものを出す有名レストラン中心の格付けであって、日本料理店には向いていない。
   私は、日本料理はいわば日本の文化そのものだと思っている。料理人は歌の文句ではないが、「包丁一本、さらしに巻いて」苦労の修業時代を経て腕を磨いて一人前になる。歴史と伝統を重んじ、日本の心を伝えるのが日本料理なのだ。
 料理の食材にしても、旬を生かす為、魚介、野菜、くだもの等、最も味のよい出盛りの時期を選び、しかも、その本来の味をどう活かすかにこだわり続ける。
 日本料理店を本当に評価しようと思うなら、せめて四季ごとに出される折々の料理を味わってみなければならない。
   又、日本料理では、盛りつけは勿論、何よりも器を選ぶことにも繊細な配慮と工夫を重ねる。それらを全てを総合して判断するべきなのだ。(昔は板前の修行中、器だけを担当する役割もあったものである。)
 大体、日本の本物の味を、歴史も文化も異なるフランス人にわかるのかという疑問を持つ人も多い。

 調査員に一部日本人も入っているという話もある。実際、「私の友達の友達」にフランス在住の男性がいて、この人が、影のミシュラン調査員(あくまで正体は秘密とされている)といわれていた。
 この人は、いわゆる同性愛者で、一時期、今は亡くなったが、フランスの老国会議員の恋人が居て、私も、かの国の議会食堂で昼食を共にしたこともある。
  大変なインテリで、パリのルーブル美術館に女房と共々案内された時、一人一人の画家の、歴史から画風まで詳細に説明し、その博識ぶりには驚かされたものである。
  しかも、この画家の時代は、日本なら何年のことで、歌舞伎でいえば、こんな時期だと語り、そのうち、身振り手振りで、歌舞伎役者の声色を使って演じはじめる。周囲の白人達が思わず集まって来て、やんやの喝采となったりした。
  そんな彼だから相当な食通で、日本料理にも詳しい。ただ、残念ながらその一方で先入観も強く、あくまで自分流だから、独断や偏見もあって必ずしも公平でない。
 ある時、日本のおせんべい談議となった際、彼は「入山せんべいが日本一」と主張した。確かに入山せんべいは有名だし、おいしい。なによりも浅草の店だから、私は大いに喜んだが、いつの間にか、入山せんべい以外はせんべいにあらずといった風で、「そこまで言っちゃ、おしまいだよ」と思わず反論したものである。ミシュランガイドにもそんな片寄りがある。
  ある時、私がこの話を浅草の老舗すきやき屋の御主人にしたことがあったが、思わず手を打って喜んでくれて、「あなたの話でよくわかった。なぜミシュランに、すきやき屋が全く載らないのか、一体、何を基準にしているのか不満だった。ミシュランが全てではないことを、もっと多くの人に知って欲しい」と語っていた。

  今回のミシュラン京都編には、私が長年お馴染みの店が何軒も入っている。せっかくの京都旅行だったので、この機会に寄ってみようと三日間毎晩各々の店に顔を出すことにした。
 

千花
 まずは、祇園町南側にある「千花」で、ここは三ツ星である。
   およそ30年前から、京都に行くと寄ったものだが、今は先代の長男が店を引き継いでいる。ちなみに次男は、祇園町北側に「千ひろ」という店を出していて、ここは星1つである。
 1946年にここに創業した先代は、三年前に亡くなったが、病気になっても何年かは鉢巻姿で店に出ていて、いわば、しばらくは看板娘ならぬ看板親父であった。大正10年生まれで独特の枯れた風格があった。
 京都で、新しい料理に挑戦して、初めの頃は異端児と呼ばれていたが、如何にも板前割烹らしく、客の食べ具合を見ながら、次の料理を出すといった細やかな対応が評判であった。

 お座敷もあるが、今回も一階カウンターに座った。
   渡辺淳一氏も言うように、本来、日本料理はカウンターで食べるのが一番だ。出来たての料理をすぐ供され、温もりも香りも全て新鮮なうちに食べられるからだ。

 10人も座れば一杯になるカウンターに、先客が左右2人ずついて、私の右側は旦那風の紳士が芸者連れで静かに日本酒を傾けている。左側には2人のご婦人が居て、これは明らかにミシュラン本を読んでの、初めてのお客と思われる。小皿に入った料理が届く度に、「あら、おいしい。なんとおいしいの」の連発で、この喚声を聞きながらではたまらないなと、秘かに思った。
  もっとも、途中から、家内に突然「深谷先生ですね」と声をかけられびっくり。「テレ朝でラジオ体操の姿を見たばかりです」と言う。例の自民党政経塾合宿の折の映像である。
  うっかり文句を言わなくてよかったと、胸をなでおろした。それからは時々相づちを打ったり、話しのお相手もした。いつまでも政治家の業は消えないものなのだ。
  ししゃもの南蛮煮付け、すり鉢にあてて仕上げた生湯葉の小鉢、カキの白ネギあえ、次々とタイミングを見て数多く出される料理の味は格別だ。
 お隣さん、「献立は毎日変わるんですか」、若いお弟子さん「ハイ、明日は変わります」、御主人「明日は休みです」・・・。
 何とも不思議な会話も続いた。

  目の前に檜の食器棚があって、乾山や九谷、永楽などといった逸品が整然と並んでいる。更に先代や二代目が選んだ現代のものも加わって、料理に似合った器が各々用いられている。ここの先代が、器の一つ一つを自慢げに語っていたことなど、往事を想い出させてくれる。
 「昔より、一段と腕をあげたね」と一言添えて店を出たが、夫婦で表通りまで送ってくれたのも嬉しかった。
 

たん熊本家
 高瀬川のほとりにあるたん熊本家は、ミシュラン二つ星である。初代の名を襲名して、今の店主は栗栖熊三郎を名乗っている。同じ店名でわかりづらいのが、河原町のたん熊北店本店で、ここは初代の孫の店で一つ星だ。
 「本店」とあるだけに、支店が東京の東京ドームホテルの熊魚庵や軽井沢店等である。ドームホテルでは、天ぷら、寿司、鉄板焼きとあり、本来のすっぽんは扱っていない。
 
 熊魚庵は私の地元のホテル内だから、何度も通ったが、これからはあまり行く気がしていない。
 天ぷらの揚げ手(職人)が代ると味に変化があったりする。
   しかし、なによりも、随分お馴染みになっているのだが、その場の愛想はいいのだが、本物の情が足りない。選挙になっても電話一つ無い、われ関せずなのだ。そんな些細なことで、と思われるかも知れないが、選挙に出る身にとっては、「人の情」や、ちょっとした心遣いに、大きなこだわりを持つものなのだ。自分の人生を賭けての闘いだけに、どんな小さな激励の行動や言葉にも大きな感動を覚え、それが心の支えとなるのである。
 これは当事者にしかわからない心境であろう。
  ドームホテルそのものの対応は、いつも礼儀正しくあたたかい。6階のドゥ ミルにしても、43階のアーティスト カフェにしても、直営店だけに経営者の心が伝わっていて、本物の情がある。当ホテルの林会長は、私の後援会、文京政経交流クラブの会長でもある。所詮、身内と他人の違いなのかも知れない。
 この原稿を書いている時、丁度、熊魚庵の新しい店の案内状が届いた。なんと衆議院議員 深谷隆司先生とあった。嗚呼、なにおかいわんやだ。

   過日の私の選挙の最中、京都たん熊本家のおかみが突然、駒形の事務所を訪れてくれた。「どうしたらいいのか。」夫婦で私のことを心配して、たまりかねて、鱧寿司をつくって上京してくれたのだ。新幹線であわただしく折り返し帰られたが、その気持ちが嬉しくて胸が熱くなった。
   あの闘いには破れたが、十万人余の方達が、心を込めて、私を支持して下さった。
   その期待に応えられず、無念で申し訳ない思いで一杯だが、その人々への感謝の気持ちは絶対に忘れない。生命の続く限り、どんな形にせよ、この人達に報いる為に働くつもりでいる。人の心を大切にしたい、選挙に出る者は、いつもこんな心根を抱いているものなのである。

 久しぶりのたん熊本家の料理は、特に亭主の心意気がこもっているように感じられた。
   名物のすっぽん鍋は赤楽の小鍋で出されるが、ふつふつと滾って(たぎって)いて香ばしい。
   手に持てないような日本酒の熱燗に、このあつあつのすっぽんスープを入れて飲むと絶妙な味わいで、決して悪酔いしないし、身体にいい。たん熊に、この飲み方を教えたのは私、と思っているのだが・・・。
 今回は早めの5時から始めたが、窓から映る鴨川あたりの風景の、暮れなずむ頃から夜への移り変りが、いかにもおだやかで京らしく、奇をてらわぬ料理や、つきぬ会話の中で、私の心を静かに慰めてくれるのであった。
 うむ。やっぱりこの店は三つ星にすべきだな・・・。
 

京都ゆたか

   一つ星がついている「京都ゆたか」は、何度か訪れているが、祇園花見小路末吉町西入るのお茶屋が並ぶ一角にある。小粋なのれんをかき分け、格子戸をくぐると、もうそこは和風ではなく、まさにステーキハウスだ。11席のカウンターの前が厨房で、目の前で調理する光景をそのまま見られるようになっている。
   案内してくれた大坂の松本さん夫婦が、私の為に頼んであった松茸が丁度届いたばかり。東京へ持って帰ると鮮度が落ちるからと持参して、「天ぷらにして」と無理な注文をした。
   二代目店長の高田衛さん、二つ返事で引き受けて見事な天ぷらを揚げてくれたが、料理人として何でもこなせる姿にまずは感心する。
 各地から取り寄せた雌牛をしばらく寝かせて、一層味をよくさせる。一度、焼いてから蓋をして蒸し焼きにするのがこの店の特徴だが、にんにくとの組み合わせで、見事な味となっていた。
  この夜の私の肉の量は150グラム、アメリカでは500グラム以上の注文は当たり前だが、日本では苦労を重ねて牛を育て、いわゆる霜降りの上質な肉をつくる。その味の重厚さに大きな差があって、だから日本の肉は500グラムなど、とても食べられない。
  あわびを焼いてくれたり、牛肉のさしみや先程の松茸等も含め、たちまち満腹だったが、残りのステーキは、サンドウィッチにして、みやげにしてくれた。
  細かい心遣いが気持ちをなごませる。この支店は東京の八重洲にもある。

 ところどころに不満はあったが、ミシュランガイドの中にある、よく知る京都の三軒の店を廻って、すっかり堪能し、根が単純な私は心底納得するのであった。
  これらの店は、決して安くはない。もっとも、人によっては料理に見合った適正な価格という。私の場合は、その後は当分、貧しい暮らしに戻すことで採算をとっている。
 

番外編「白碗竹快楼
 番外編として、ミシュランには今後もおそらく決して載らないであろう、しかし、最高の美味の中国料理店を紹介したい。
   花見小路から一本西に入った露路の角、白い大きな暖簾のかかった「白碗竹快楼」である。難しくてメモがないと私もわからないのだが、「バイワンジュウクァイロウ」と読むふかひれ専門の酒家だ。

   ふかひれの姿煮は、東京でいえばホテルニューオータニ前の「維新號」が評判だ。維新號は二人の中国人兄弟が中心になって頑張っているが、なによりも経営者の人柄がいい。選挙になると飛んで来てくれる。(同じことを言ってしまったが、厳しい選挙の折には、前述のように人の心が、よくわかるのだ。)

  「白碗竹快楼」の店は、宮城の気仙沼から直送させたふかひれを、昔ながらの技法で丁寧にもどして料理する。
   知る人は少ないが、ふかひれは乾燥している時悪臭がひどい。知り合いに「高橋」という大きなシェアを誇る問屋があるが、昔、向島に倉庫があった時、公害問題で近所で大騒ぎになった。ふかひれの美味から想像できない、あまりに強い悪臭の為であった。
   この店で私が、最も好きなのは、単品で二千四百円のふかひれ姿煮土鍋ごはんである。石焼きビビンバ風に、土鍋の中のおこげも含めて、しっかりかきまぜて食べるのだが、まさに絶品で、うまいこと受け合いだ。大鍋だからなかなか一人では食べきれない。みんなで分けて食べるのが又、良い。
   この他に特製ピータン豆腐(これも混ぜて食べる)、点心の小指大の細いえび春巻きも酒に合う。夜はコースが一般で、六千円から一万千円まで色々ある。
   私はむしろお昼がおすすめ。過日はビールを飲んでお腹一杯に食べて、三人でしめて一万円であった。
  東京赤坂にも支店があるので行ってみたが、京都とはメニューが全く違って、肝心の土鍋ご飯もなく、少しがっかりしたものだ。
 おっと、今回は「食べある記」になってしまった。

   私が何度も行った店でミシュランガイドに載った店は、この他にも何軒かある。吉兆嵐山本店、瓢亭、祇園丸山、末在・・・。
   この内、丸山公園「末在」に電話したら、来年一月まで「予約でいっぱい」という。確かに人気店ではあるが、これはミシュラン効果か。
   なんでも吉兆嵐山本店で修業したという店主で、料理はうまかったが、入店時間厳守、お客が全員揃わないと始めない、それまではビールも飲めないには参った。
   店は常にお客中心であるべき、ひたすら愉快に食べたい、飲みたいの私には、どうも向かない。女房はしきりに「とてもいい」という。基本的には性格不一致なのかも知れぬ・・・。

 なんでも新しいものが好き、権威に弱いところのある日本人。これを一層煽るマスコミ、しばらくはミシュランの喧噪はおさまりそうもない。
   心配なのは、星のつかなかった店のことである。黙々と腕を磨き、お客第一を考える「いい店」は、ごまんとある筈だ。この人達に言いたいのは、頑張って星をもらおうなどと考える必要は全くないということだ。
   星をつけるのは、その店を愛する贔屓筋、お客様であって、決してフランスのタイヤメーカー(ミシュラン)ではないのだから・・・。