言いたい放題 第9号 「友情に感激」

 友人とはありがたいものだ。
 私がさきの選挙に破れて以来、しばらくお互いに無音に過ぎた友人達が、次々と声を掛けてくれるようになった。
 中には「週一回は飯を食おう」と言ってくれ、目下実践している人もいる。
 これらの友人は、「お前が大臣など、政治家として全盛の頃は、身近な者だから、出来るだけ表に出ないように、迷惑をかけないように心がけて来た」と共通したように言ってくれる。
 そんなこともつゆ知らず、私の方は「あいつ、ちっとも来てくれない、冷たい奴だ」と勝手に思ったりしていた。

 政治の世界に没頭して、ただ追われるように暮らして来て、心ならずも友情をかみしめる日常的な機会は確かに少なかった。
 今、しみじみと、ありがたいことだと思っている。

 仙台に住む古くからの友人、竹内廣君というのが居る。彼は実にこまめに手紙やハガキを送ってくれる。それもその筈で、元は東北郵政局で秘書課長をつとめていた郵政マンだ。

 私は平成2年、海部内閣の時、郵政大臣に就いた。様々な仕事を果たしたが、郵政全体の士気を高め、又、大臣の意思を正確に伝えたいと、全国行脚したことがあった。
 当時、全国に郵政局が12ヶ所あり、私は沖縄にいたるまで全ての局を踏破した。百二十年続いた郵政の歴史の中で、大臣全国行脚は初のことであった。
 その旅の中で、一番印象に残った男が竹内君で、顔に似合わず大変な美声で、「NHKのど自慢」で鐘3つ鳴らしたこともある。駄洒落を得意とする東北の名物男である。

 今はすでに定年退職して72歳、先の選挙では、上京して私の選挙事務所近くの旅館に滞在し、必死に裏方をつとめてくれた。私は毎日選挙運動で駆け回り、事務所に寄ることもほとんど無い。
 彼と食事をすることも出来ず、会話さえ交わすこともない状況であった。
 戦いに破れ、「竹内君は?」と言うと、すでに前日帰郷してしまったという。
 迷惑をかけまいと、彼なりに思ったのか、あるいは破れた私の姿を見たくなかったのかもしれない。
 その後も相変わらず面白い手紙が何度も届いたが、私に関するどんな些細なニュースや記事も見逃さず、まるで朝から晩までテレビ・新聞をチェックしているかのように、その度に連絡してくるのだ。

 先日も、彼からの手紙がきた。「たかじんのそこまで言って委員会」という番組で、評論家の三宅久之さんが、深谷のことを語ってくれた。「あまりにうれしくて興奮していたから、正しく伝わらなかったと思う。自分のペンフレンドが、自分宛の手紙の中で冷静に「再現」してくれたので、同封します。」とあった。
 「日曜日の宮城テレビ、「たかじんのそこまで言って委員会」で、評論家の三宅さんが、自民党もだらしない。自民党を立て直すのには、野中広務さんや深谷骼iさんのような人材が必要不可欠だと話していました。ご覧になったかどうか分かりませんが、三宅氏によれば、両氏は地方議員当時、蜷川、美濃部知事に対抗する野党として、鍛えられた論客として実力を高めたとのことでした。何より攻め方を熟知しているという。思いがけず深谷さんの名が出て、竹内さんより控え目に嬉しく感じています。」
 勿論、この番組を私は見ていない。評論家の三宅さんは、早大の先輩である。古くから交流もあり、敬愛する知人の一人だが、自分の知らぬところで、こんな発言をしてくれているのかと嬉しく思った。

 竹内さんに手紙を書いてくれた方は、元宮城県庁のOBで、仙台に住む後藤昌弘氏。まだお会いしたことはないが、私の新しい友人として、早速名簿に書き加えたことはいうまでもない。