言いたい放題 第8号 「自信と勇気をもて」

 10月27日午後7時から、TOKYO自民党政経塾の専門コースがあり、第1講義は西村康稔代議士であった。
 彼はまだ当選3回生だが、通産省出身の故か、私に対してはいつも好意的で、私も親近感を覚えていた。
091027政経塾01.JPG

 自民党が歴史的惨敗を喫して、最悪の状況の中で総裁選挙が行われた時、彼も手をあげて、谷垣禎一氏と河野太郎氏、三人の争いとなった。
091027政経塾02西村先生.JPG 最悪の時、火中の栗を拾うように、自ら名乗りあげることには勇気がいる。河野氏の場合、元々エキセントリックな人だから、「そうかな」と思ったが、日頃、極めておとなしく、良識的な人だから、西村氏の出馬は予測していなかった。
 長老連中が、作戦上、彼を立てたといった噂が出たが、私は西村氏の決断と将来性を買ってあげたいと、注目していた。

 結果は、あらかじめ予想された通り、谷垣氏の当選となったが、これではあまりに平凡、ごもっともすぎて、面白くもなんともないというのが私の感想であった。
 政経塾の政治志望コースに、彼を呼んだには、そんな思いからだが、沢山の資料も用意して来て、真摯な講義は好感が持てた。
 あとは、迫力とか凄味が必要だが、これは政治家として更に年季を積まなければならないことだ。僭越ながら、私も大いにその支えになってあげたいと思ったものである。

 この夜の塾に、なんと岩井茂樹君が来ていて、私に会いたいと待っていた。
 彼こそ、先日(10月25日)終わったばかりの静岡県参議院議員補選に、自民党公認で闘った人である。
 わが政経塾の三期生で、昨年一年、私の元で学び、皆勤賞、最優秀賞を受けた塾生だ。
091027政経塾03岩井茂樹さん.JPG

 残念ながら、民主党の風とやらの前に破れたが、40万票をこえる得票で、これは立派な成果だと、私は心からほめてあげたいと思っていた。
 なにしろ公募で選ばれ、公認となったのは9月のことで、まさに選挙直前で、準備は勿論、名前を知ってもらうだけでも大変なことである。

 その上、自民党県連では、ゴタゴタの内紛も起こっていた。
 すなわち、静岡県川勝平太知事が提出した「組織改編条例案」に自民党は反対し、党議拘束までかけたのだが、造反者が出て混乱、ついに選挙直前、三役が辞任、指導者不在のままの選挙入りとなってしまったのである。
 その上、この時期は県会議員の視察のシーズンである。いい季節を選んでの視察は、体のいい「物見遊山」という批判もある。せめて選挙中は遠慮して欲しいと依頼されていたのだが、なんと県会議員の半数が視察で他県へ行って不在であったという。
 これでは一体、選挙に本腰を入れていたのかと、いささか腹立たしく思うが、「やる気が全く無かった」と、これはマスコミ報道であった。
 先の衆議院選挙で静岡県の自民党国会議員は、9名からわずか2名と激減した。意気が喪失したことは分かるが、ならば、この一戦で頑張ろうと、全力投球で臨むのが当然ではないか。
 もう自民党では駄目と考え、手を抜いたとしたら、地方議員とはいえ、政治家としては失格だ。
 民主党政権が誕生し、まだ一ヶ月、公約が次々変節していても、鳩山首相の献金疑惑が連日報道されても、世間全体のムードは相変わらず民主党贔屓(びいき)である。
 静岡県の各種団体もすっかり腰が退けて、医師会も農協も漁協も、頼りの公明党まで、自主投票と決まっていた。

 自民党新人候補、岩井君にとって、何もかも最悪の状況の中の孤独な闘いであった。
 しかし、大差とはいえ、得た支援は40万票以上である。
 41歳という若さと情熱、そして限りない夢に向かって進む行動力の成果なのだ。
 更に、彼がいみじくも語ったように、「政経塾で学んだことが、本当に役立った」ことも大きな基になっていると思いたい。
 自民党は、ここに参加する塾生のように、誇りと自信をもって団結すれば、まだまだ決して捨てたものではない。
 時代の大きな変化の中で、いたずらに周章狼狽し、自己保身のことばかり考えてはならない。
 この国の為に何を為すべきか、己が政治家になろうと決意した、あの時の心を取り戻し、果敢に努力し、堂々と獅子吼(ししく)することが肝要なのだ。
091027政経塾04.JPG
 「ああ、俺がもっと若かったらなァ・・・・・・」。
 この夜の塾での私の講義は、一段と熱が入ったものになったことはいうまでもない。