言いたい放題 第5号 「えっ、これは天下りではないの!!」

 10月21日、亀井郵政改革担当大臣は、日本郵政グループの持ち株会社である日本郵政の次期社長に、斎藤次郎氏が内定と発表した。

 私は、ひっくり返るような驚きで、何度もニュースを確かめた。まぎれもなく、斎藤氏は、大蔵官僚OBで、古巣の財務省に今も大きな影響力を持っている人である。亀井大臣は、「次官を辞めて10年、15年も経てば中味は変化する」というが、東京金融取引所社長からの起用だけに、まさにこの人事こそ「わたり」ともいわれる、典型的な天下り人事ではないか。

 脱官僚依存を掲げて選挙を戦い、歴史的大勝利をした民主党は、早くも政権の基本的方針を180度変えるのか、どう考えても大矛盾ではないか。

 鳩山首相が亀井大臣から電話でこの人選を伝えられたのは、前日のことだという。
 大きな違和感を持って、「元官僚ではないかと議論した」とは御本人の弁である。
 悩んだ末に追認したというのだから、天下り、官僚人事と首相自身が思ったことを認めているのだ。「これは、相当のつわものだからおもしろいかなと思った」とも述べたが、語るに落ちるとはこのことた。

 断っておくが、私は官僚の天下りについて、従前から反対論者ではない。

 5回も大臣をやって、官僚の長所短所は克明に見てきたつもりだ。本当に有能な人材が沢山居る。
 このような優秀な人材が民間に転出することは、日本の社会や経済をより発展させる上で役立つとさえ思っている。
 問題は、官僚OBが、旧来の関わりを悪用して、官と民が癒着し、不正な行為をすることであって、この腐敗の構図を、そしてその根源を如何に断つかが、最大の課題なのである。
 だから、斎藤氏が有能で適任と信ずるならば日本郵政の社長に推しても一向に構わない。
 しかし、それならば、「天下り禁止」とか、「脱官僚」といった、きれいごとの看板を、まずおろし、国民に対する欺瞞をおやめなさい、と言いたいのだ。


 昨年、自民党政権下で、日銀総裁人事を決めようとした時、財務省OBであるという理由で、参議院で3回も不同意にしたのは、他ならぬ民主党であった。時の民主党の鳩山幹事長は、元大蔵事務次官である武藤敏郎日銀副総裁が、日銀総裁に就任することに反対し、これをつぶしたが、その理由は「財務省そのものの人物」ということであった。有能な武藤氏をよく知る私には、彼の無念さが、当時、痛い程伝わっていた。
 斎藤氏は十年に一度といわれた大物官僚で、まさに、良し悪しは別にして「財務省そのものの人物」である。あれが駄目、これはいいでは、一貫性も整合性もあったものではない。


 「小沢一郎人脈?」

 今度の人選で、もう一つ不信感を抱くのは、この斎藤氏と小沢一郎氏との深い関わりである。

 私の手元に、「時代に挑む」という平成8年に講談社から発売した私の著書がある。

 この一部に細川政権誕生後、予算委員会筆頭理事として、果敢に闘った私の議事録を載せている。
 細川政権の最大のネックは、8党会派という連合体の為、意見が合わず、予算の編成が出来なかった点にあった。
 従来、予算案は、12月中にまとめあげ、1月から3月まで議論し、これを成立させ、4月から執行するのが通例である。
 ところが、1月になっても提案されず、編成もされていなかった。提案したのは3月のことであった。
 予算編成が出来ないのは、経済対策の為に必要とされていた消費税問題について、厳しい対立があったからである。

 ところが、平成6年、2月3日未明、細川首相は異例の記者会見を行って、「3年後に消費税を廃止して、それに代わる一般財源として、税率7%の国民福祉税を創設する」と発表した。
 名前は変わったが、主として福祉に使いますというだけで、中味は、消費税そのものである。


細川政権を追求.jpg 私は2月18日の予算委員会で、細川政権にこの問題について徹底追求した。(議事録は拙書に掲載)
 一体、この福祉税なるものが、どういう経過で生まれたのか、各大臣に質したが、誰も知らない、中味について聞かされたのは直前であったことが判明した。

 福祉と名の付く案だから、担当の厚生大臣は承知していなければならない筈だが、大内啓伍大臣も知ったのは発表直前であったという。

細川政権を追求2.jpg その内、武村正義官房長官が「ペーパーとしてきちんとした要綱を見たのは、当日の夕方で、細川総理が知ったのも、あまり時間は違わないと思う」と、ポロっと本音を漏らしてしまった。
 なんのことはない、この案をつくったのは細川首相自身ではなく、別に黒幕が居たということなのだ。
 長時間に及び私の質問の中から、この秘策をねったのは、新生党の小沢一郎代表幹事と大蔵省の幹部であることが明らかになった。
 そして、その幹部こそ、93年細川内閣時の大蔵次官、斎藤氏その人だったのである。


 今回、亀井大臣は「長い間の友人」と、彼を高く評価しているが、当時、政府追及の急先鋒は、私と野中広務氏、そして亀井氏で、三国同盟といわれていた。共に斎藤氏の行動を大批判したものだが、その時のことを想い出し、亀井さんらしい変節ぶりと密かに苦笑しているのである。


 2007年、民主党代表だった小沢氏は、時の福田康夫首相と「大連立」に動いて大変な話題となった。この構想はすぐに頓挫したが、結局、福田首相辞任へと、つながっていった。
 この時、仲介役を果たし、仕掛け人といわれたのが斎藤氏であった。

 亀井氏は、小沢幹事長に伝えたのは、斎藤氏が就任に応じた後だったと言うが、これはあり得ないことで、斎藤氏はまさに小沢人脈の代表人物そのものなのである。

 誰が見ても、「小沢氏はここまでやるか」というのが率直な感想である。

 鳩山政権発足、わずか1ヶ月、脱官僚という剥がれやすい公約(膏薬)がもうほころびはじめた。なによりもそして、小沢氏との権力の二重構造が、白日の下に晒されたということではないか。


 羊頭狗肉とは、このようなことを言うのではないか・・・と私は思っている。