〈どこも満員盛況だったが・・・。〉


 前回、「落選の折、私がテレビに向かって明るく爽やかに語って好評だった」と書いたが、逆の見方をした人もいたようだ。
 「みんなが悲しんでいるのだから、深谷さんも涙の一つも流したら・・・」と、伝えてくれた親切な人が居たのである。
 なるほど、人の見方は色々だと改めて思った。

 明るく爽やかに装っても、本当は私の心の深い部分はもっと複雑で、キザに言えば、血の涙を流していたのだが、そんな心を「理解してくれ」という方が無理かもしれない。

 47年、政治の世界だけに生きてきて、いよいよ総仕上げと満を持した時の失敗だけに、その挫折感は大きかった。
 この4年間、私はテロ対策特別委員長や、エネルギー戦略合同部会長として、日本の安心安全の為に、全力投球してきた。また、地元への貢献について、誰にも異存の無いところと自負している。
 しかし、相次ぐ総理大臣の無責任な交代や、お粗末な言動、大臣が次々起こす不祥事、更にこれを喧伝するマスコミ報道で自民党はすっかり国民から嫌われた。
 自民党は300議席から、実に3分の1となってしまったのだ。
 民主党の大躍進はいわば敵失によって、なのである。

 日頃、政治への関心も、選挙さえ行かぬ人々が、無党派層と称され、続々と投票所に行き、民主党を選び、その党の、名も知らぬ人の名前を書く・・・、何とも無責任、あきれたことだ。
 今回当選した民主党の新人は143名、その顔ぶれは、よく言えば「多士済々」、悪く言えば、「玉石混交」だ。いずれにしても、昨日今日名乗り出た人が、「大量得票で当選」では、長年苦労してきた政治家はたまったものではない。
 「これで良いのだろうか」
 そんなことを繰り返し思い、本音は明るく爽やかであろう筈がないのである。

 「涙の一つも流したら・・・」、私の一番好まぬ言葉だ。
 「男は人前で泣いてはならない」、「恥を知れ」、これは今は亡き父の厳しい教えであった。

 確かに近年、政治家で、人前でやたら滂沱(ぼうだ)の涙を流す人が多くなったように思う。
 大阪府の財政再建意見交換会で、橋下知事が市町村長を前に大泣きした場面があった。皆びっくりしたが、その時の出席者の感想は「泣かれると弱い」であった。
 相手を切り捨てる、非情といわれた小泉総理が泣いて、再び人気上昇となったことも記憶に新しい。
 近頃は、意図的に泣きのパフォーマンスを繰り広げる人も居る。
 本来、涙は女性の専売特許で、可憐で美しいが、男性の同情を集めようとする涙は、未熟で幼稚で、もの悲しい。

 勿論、男も泣くことはある、あってもおかしくない。
 安倍晋太郎氏は、中曽根裁定で総理になれず、家に帰り泣いた。安倍氏が外務大臣の時、誘われて東南アジア訪問で御一緒したが、おだやかな紳士であった。病に倒れ、悲願を果たさすことはできなかった不運な政治家の一人である。
 渡辺美智雄氏は、小沢一郎氏に裏切られ身内の前で泣いたという。総理の座を約束していた小沢氏が、直前に雲隠れしたからである。必死になって電話をかけまくり、彼を捜している現場を私は目撃している。
 しかし、いずれにせよ人前で涙を見せることはなかった。

 人の情けに涙することも悪いことではない。私なども人の情けに弱い。芝居を見て、嗚咽して女房に笑われることも度々である。
 しかし、自分のことで、人前で泣くことは、意地でもしたくない。それは恥ずかしいことだと思っているのだ。やせ我慢も江戸っ子の特徴なのである。

 落語の小話に、「男が泣くときは、ガマ口(財布)を落としたとき(笑)」というのがある・・・。


〈おんぼろ車だったので文京の坂を登れず、候補者自ら押した〉