中川昭一氏の急逝は大きな衝撃だった。

 56歳という若さは、26年前に自殺した父中川一郎氏の57歳とオーバーラップして、連日、マスコミをにぎわせた。

 私は直後の自民党政経塾で、この問題に触れ、「政治家を志すもの、世のリーダーを目指すものは、この一連の動きの中から、世の中の非情さ、これに対する忍耐を学べ」と諭した。


 例のG7(主要7ヶ国財務相、中央銀行総裁会議)の折の中川氏の酔っぱらい会見は、国内はもとより、世界の顰蹙(ひんしゅく)を買ったが、これでもかこれでもかとあの恥ずかしい映像を送り続けたのは日本のマスコミであった。

 自ら喧伝し、本人は勿論、日本のイメージを悪くし、傷を大きく拡げたのは、むしろ、日本の報道機関ではなかったろうか。

 中川氏の醜態ぶりは擁護しようもないし、その後の衆議院選挙で、自民党惨敗の要因の1つともなって、私自身にも不快感が残っているが、それにしても、「けしからん」の大合唱は異常なものであった。

 ところが、亡くなった途端、手の平を返すように報道の様子が一変した。「保守の若手論客」と持ち上げ、「惜しい人を失った」一色なのである。

 おまけに、2代にわたってその死に少なからぬ影響を与えたはずの鈴木宗男氏まで、涙の会見である。


 人の世の非情さを痛感したのは、私一人ではなかったのではないか。



 一方、政治家あるいはリーダーたるもの、この非情さをまず充分認識し、常に、それが当たり前と覚悟を決めていくことも、又、重要と教えられたような気がする。

 政治家はこうした非情さを乗り越えて、尚、目的に向かって進む忍耐心が肝要と強く感じるのである。

 近頃、多くの政治家に忍耐心の欠如が見られる。わずか一年間で総理の座を投げ出した2人もそうだ。

 ちょっと苦しかったり、批判をあびると、自ら求めた職責も全うせずに逃げ出す。国の存亡に生命をかけるべき立場の人が、こう軟弱ではたまったものではない


 政経塾の塾長として、これから、政治家を目指す、あるいはリーダーとなろうとする塾生達に、「世の非情さ」と「忍耐」を教えた所以である。

 「中川氏を反面教師とせよ」と語ったが、少し、私も非情であったかもしれない。