第727回「戦い済んで平時の暮らし」

 深谷隆司の言いたい放題第727回

 「戦い済んで平時の暮らし」


引退して随分経つのに、自民党政経塾、温故知新塾、講演や大学の講義等で忙しく、その上、次々と後輩達の選挙に追われ、あっという間に日々が過ぎ去っていく。選挙も勝てばいいが、今度の都議選のように記録的惨敗になると、特に身近の落ちた人が気の毒で、一緒に悲しみ、空しい思いに駆られる。

台東区のいずみひろし君の場合、こんないい人が何で落ちたのか悔しいが、再起のためにどうしたらいいか考えなくてはいけない。友人にも頼んで取り敢えず私の秘書も兼ねてもらい、何とか日々の糧だけは確保するようにした。

12日は恵理の家「おもてなし教室」で、区長はじめ区議夫婦全員を招いて「いずみ激励会」を開いた。8月には自民党支部幹部や選対幹部と一堂に会し、「再出発の会」を開く予定だ。選挙前から公言していたように、ここで辻清人代議士と自民党台東総支部長はバトンタッチしてもらう。

一方の文京区なかや文孝君、僅少差で危なかったが勝てば官軍だ。私たちを招いてくれたり、打ち上げも自分でやってくれるからありがたい。

中央区の石島ひでき君については自民党中央支部が全ての段取りをつけてくれる。彼も苦労した。私も色々な角度から今後も支えていきたいと思っている。


懸案の私の新刊「すばらしい日本人(仮題)」の最終仕上げは、選挙ですっかり遅れたが、幻冬舎からはっぱをかけられ、目下必死に取り組んでいる。なにしろ神話から始まって現代に至る膨大な歴史の歩みを書いているので、つい張り切って予定の頁数をはるかに超えてしまった。どう削るか、これが難事業なのである。

徳真会松村先生から依頼の「黄龍・昇り龍」も、やっと下書きに取り掛かったが、300号(たたみ6畳)の超特大の絵だけに初体験、どうなるか分からないが、9月中には完成させたいと秘かに胸を熱くし、張り切っている。


すっかり家族にも苦労をかけたが、せめて連休は家族サービスと、15日は孫達一同引き連れて横浜へ。いつものように元町を散策し、馴染みの店で買い物、後は中華料理を堪能した。翌日も全員で映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」を観賞、その後強烈な要望を受け、カラオケ屋に繰り出した。孫達の歌はさっぱり分からず熱唱を聞きながら白河夜船、「今度はおじいちゃん」と起こされて私も歌う。家内や娘達のリクエストはもっぱら往年の歌謡曲、ディックミネの「夜霧のブルース」から始まって後はやっぱり石原裕次郎シリーズであった。歌は衰えていない?

戦い済んで、ようやく平時の暮らしに戻った。やっぱりこちらの方が楽しい。



第726回「敗者に思いを」

 深谷隆司の言いたい放題第726回

 「敗者に思いを」


都議選において自民党は惨敗で終わった。

過去最低の38議席を大きく割り込む23議席、まさに歴史的敗北であった。

私は平成19年の第1次安倍内閣の時に行われた参議院選挙を思い出している。松岡農水大臣自殺、赤城大臣の事務所費問題、久間防衛大臣の「原爆投下しょうがない」発言などが続き、選挙前の内閣支持率は30%前後まで急落、改選議席6437に減らす大敗となった。2ヵ月後に退陣したが、ねじれ現象で政治は混乱し、これが21年夏の民主党政権誕生の遠因となった。

今回は森友学園の国有地払い下げ問題、加計学園の獣医学部問題、豊田代議士の暴言事件、稲田防衛大臣発言、その上、下村都連会長の闇献金問題とまさに泥沼状態で、これではどう頑張っても自民党の勝利はおぼつかない。あまりにも候補者がかわいそうでならなかった。

台東区のいずみひろし君の場合、辻代議士、服部区長、自民党区議団、それに後援会はじめ各種団体と、熱心な態勢で整然とした戦いが出来たのだが、3000票差で惜敗した。「不徳のいたすところです」と本人は言うが、不徳は国会側と私は怒りさえ感じている。「私も何度も苦労した。敗れたときが始まりだ。一緒に頑張っていこう」と励ますしかなく、悲しかった。

中央区の石島ひでき君は、都民ファーストの会に惨敗したが、相手は区議を2年しかつとめていない素人だ。豊洲市場、築地市場問題ひとつとっても、全く役に立つとは思えない。保守王国を誇った中央区、たった1つの自民党議席を失ったことは大きな痛手だ。そもそも都民ファーストの会を中心に強大な小池連合が出来てしまったが、これでは小池知事の追認議会になってしまうのではないか。都民から選ばれた二元代表制、お互いに緊張感をもって激しい議論のなか、初めて良き都政が生まれるのだが・・・。

文京区のなかや文孝君はわずか215票の僅少差で辛くも当選した。夜中11時近く、当選決定の報で事務所は沸いたが、私は区議の諸君に「自重せよ」と戒めた。嬉しい気持ちは私も同じなのだが、色々な背景を思うと手放しで喜んでいるわけにはいかないと思ったからだ。

なかや君は大臣秘書官等、私の元で政治を学んだベテランだ。今後、都議会の中で自民党が埋没しないためにも、彼に期待する面が多い。どうか都民のために正々堂々の発言で存在感を一層増して欲しいと祈らずにはいられなかった。


戦いすんで日が暮れて・・・、空しさは残るが、気分を転換させて、次の仕事に取り掛からなければならない。幻冬舎から出す新刊「それでも すばらしい日本人(課題)」の最終校正、松村先生に依頼されている300号の黄龍の作成・・・、ありがたいことに、私にはやるべき仕事が山積し、休む暇はないのである。



第725回「自民党しっかりしろ!」

 深谷隆司の言いたい放題第725回

 「自民党しっかりしろ!」


都議会選挙、今日(71日)最終日を迎えた。私は台東区いずみひろし、文京区なかや文孝、中央区石島ひでき候補を支え、精一杯応援してきた。家内に「選挙になると若く元気になりますね」と言われたが、9月で82歳という高齢なのに、朝から晩まで駆けずり回り、まさに獅子奮迅の働きで全軍率いてきた。

しかし、自民党国会サイドの失言やスキャンダルが連日報道され、真剣に人生かけて頑張る自民党候補者達の足を引っ張る有様に怒りを覚える。思わず幹部に連絡し、「いい加減にしてくれ、緊張感に欠けている、もっと謙虚であれ!」とやかましく叱った。

台東区のいずみひろしは、辻代議士、服部区長、10人の区議、自民党総支部役員はじめ各種団体などの熱烈な応援体制に守られ、着実な運動を展開してきた。保坂親子が長年世話になった自民党への恩義も忘れ、自ら離党し(後に除名)勝ちたいために小池ブームとやらにすがって、都民ファーストの会公認で出馬している。去るものは追わずだ。こちらは堂々の政策論議で、都政は如何にあるべきか、台東区の為に何をするのかを訴え続けている。この団結と熱烈ないずみ候補の気迫をもってすれば、必ず勝てると、今朝も8時からの選対会議で私は檄を飛ばした。

文京区は私の秘書を25年勤めて、最後は通産大臣秘書官も勤めた若きベテランなかや文孝だ。成澤区長、9人の区議、そして辻代議士、各種団体、後援会と強力な体制で着実に選挙戦を進めて来た。ここは共産党も強く、都議も出していた。共産党は近年変質したように民主的な仮面をかぶっているが共産党は共産党で、中国や北朝鮮のような思想に変わりはない。自民党なかや都議は地元と都のためにしっかり尽くしてきた。ここには絶対負けてはならないのだ。

26日には、一切の応援に出なかった安倍総理が、なかや候補の駒本小の演説会に初めて駆けつけてくれた。マスコミ人も満員、会場を埋めた聴衆は感動一入であった。

28日には安倍総理が田原小に駆けつけてくれた。さすが総理、会場に入りきれないほどの超満員で、しかも普段決して演説会には来られない親子連れなども多く、口々に「良かった。必ずいずみさんを支える」と誓ってくれた。

中央区の石島ひでき候補は区議を何期も勤めたベテランだ。祖父の故三郎氏は私と都議会時代の同僚であった。三田支部長、13人の区議、矢田区長、辻代議士が支え、何よりも強固な連合町会がしっかりついている。

ここの最大の強敵は都民ファーストの女性候補である。区議を2年しか経験してない人だ。そもそも都民ファーストの会は推薦候補まで入れると60人をこえるが8割が全くの素人集団、政策も全て小池知事まかせで、都政にかける自主的な思いや志はほとんどない。ブーム便乗であわよくば議員になろうとする人に人材はいない。かつて小沢チルドレン、橋下チルドレンなどと言われた人のほとんどが、期待はずれと有権者から見放され消えているのが実際だ。

中央区は1人区、常に自民党都議が続いてきた。この伝統的保守王国の地盤は断固守りぬいていかねばならない。私も中央区をくまなく石島支援で獅子吼した。


どの区も自民党候補は着実な運動を展開し、本来ならほとんど心配は要らない筈なのだが、冒頭申したように、一部国会議員たちの不愉快な言動がどう響くか、そのことが唯一懸念される。都議会選挙とは全く別のことで、都議候補には何の責任もない。どうかそのことを分かって欲しいと祈りたい思いだ。

明日(72日)は投票日、人事を尽くして天命を待つ、今私はそんな心境である。



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