第937回「粛々と国葬を」

 深谷隆司の言いたい放題第937回

 「粛々と国葬を」

 政府が決めた安倍元総理国葬について心から賛意を示し、このブログでもその理由を挙げたが、最近の世論調査でこれに反対する人が53%とあって唖然とした。

 御逝去の後、あれだけ国民から惜しまれ圧倒的多くの人が弔意を示し、世界中の国からもかつてないほどの弔意が届いたのに、この豹変ぶりはどうしたことか・・・。

 朝日新聞はじめ偏重したマスコミの影響が世論さえ変えてしまうかと思うと、そのことの方が恐ろしい。

 犯人の意図は自身の家庭を崩壊させた旧統一教会に対する報復で、影響力のある大きな相手への攻撃といった異常な「私怨」であった。

 教祖文鮮明は、日本の信者から巨額の献金を集め、更に社会問題となった霊感商法で得た資金も含め韓国へ送っていた。こうした資金でアメリカでも巨大ビジネスを築き、ワシントンタイムズなどのメディア企業まで抑えたといわれる。

 日本の政治家との関りは1968年に創設された国際勝共連合から始まったのではないか。名誉会長に笹川良一氏がいた。

 私は都議選に出馬し敗れて以来、党内反主流派と見なされ、1972年、衆議院初当選の時も無所属であった。

 当時は中選挙区制で自民党候補者同士が争っていたが、主流派の相手候補を勝共連合が全面的に応援していた。若い勝共連合のメンバーたちはポスター張りからあらゆる選挙活動まで滅私奉公で驚くほどの働きをしていた。果ては私のポスターを一夜で全部破棄するといった暴挙まで平気で行っていた。まさに彼らは私の敵で、随分苦しめられたことを苦々しく覚えている。

 今回の銃殺事件で再び統一教会がマスコミの話題になったが、私が心配なのは犯人にいかにも同情的な報道が見られたり、政界との関係を過度に追及する報道である。

 犯人はれっきとしたテロリストで断じて許されないことは論を待たない。

 政界との関係を追及するのは当然にしても、関連団体に電報を送ったり、挨拶に立った政治家を重罪人扱いにするのは行き過ぎではないか。

 相手を見極めて対応せよともっともらしく語る評論家もいたが、長く政治家を務めた私の経験から言えば、連日多くの案内が来るし、特に応援者の依頼となるとひとつひとつ調査し選別すること等、どだい無理な注文なのである。

 統一教会と元総理の関わりについて私は全くわからない。しかし、このことで国家国民の為に働き、外交で大きな足跡を残した元総理の偉大な功績まで否定されたのではたまらない。

 粛々と国葬を行い、不幸な最期を遂げた安倍氏の霊を感謝を込めて慰めたいと私は心から思っている。



第936回「安倍元総理国葬に」

 深谷隆司の言いたい放題第936回

 「安倍元総理国葬に」

 憲政史上最長の在職日数で、数々の功績を残した安倍晋三元総理の国葬が岸田文雄首相の決断で決まった。

 今回の場合は民主主義に挑戦するかのような暴挙を断じて許してはならないという怒りも込めて、国家国民全体で葬儀を行う形にすべきと私も主張してきた。

 元総理を悼む人々は驚くほど多くて、過日の葬儀の時の沿道を埋めた人々の状況が今も脳裏に残っている。自民党本部にも弔問台を作ったが、1万数千の人が訪れ献花の置き場もないほどであった。

 特に海外からの弔意が多く259の国、地域や機関から1700件以上に及び、米議会上院では安倍氏の功績を称える決議案までが提出された。

 国葬について当初は慎重論もあったが、こうした内外のうねりのような「悼む声」が岸田首相の心を動かしたのであろうが、この判断は正しい。  

 秋の臨時国会で新法を作ると思っていたら、今回の場合、内閣府設置法で可能ということで決められた。9月27日とあるが私の誕生日は9月29日、関係ないが・・・。

 こんな素晴らしい政治家に対してもネットとやらでは批判がかまびすしいようだ。大体こういう時は根元に朝日新聞なるものがうごめいている。

 16日の朝日新聞朝刊に掲載された朝日川柳に「疑惑あった人が国葬そんな国」とあった。

 選者は西木空人とかいう人だが、この句も含めて採用された7句全てが安倍氏が銃撃されて死亡した事件や国葬を揶揄するものだった。

 「死してなお税金使う野辺送り」等々だ。なんともやりきれない「人としての情の無い、ゆがんだ偏狭な心」ではないか。

 朝日新聞が言いたいことを読者投稿の川柳に言わせる、なんとも狡猾で卑劣なやり方かと腹が立つ。

 かつて800万部(1918年)と豪語した朝日新聞、今や激減して400万部、21年6月の株主総会では458億8千万円以上の創業以来最大の大赤字を出したと報告された。

 デジタル化の波に乗り遅れたからというが、「社会の木鐸」としての使命を忘れたところに大きな原因があると思う。いまや絶滅危惧種に指定される状況ではないか。

 国葬の時、私は感謝を込めてご冥福を祈ろうと思っている。



第935回「戦い済んで日が暮れて・・・」

 深谷隆司の言いたい放題第935回

 「戦い済んで日が暮れて・・・」

 参議院選挙の最終日、銀座4丁目で最後の街頭演説を行った。聴衆2千人余り、まず安倍元総理の逝去を悼んで黙とうを捧げた。

 私は「このような選挙中に黙とうを捧げることはほとんどないが、私の記憶で言えば1980年(昭和55年)参議院選挙の最中に急死された大平総理の時以来のことと思う。今の黙とうで泉下の安倍元総理はきっと感謝しておられると思います」と語りかけた。

 投票日の昼、家内と安倍邸へ弔問に訪れた。一人ぼっちになった昭恵夫人を見て言葉もない。御遺体を前にただひたすら悲しかった。

 私は今度の選挙で朝日健太郎、生稲晃子の2人の選対本部最高顧問に任じられて18日間、老躯に鞭打って獅子奮迅の運動を行ってきた。

 前回書いたが、6月27日、文京区の男女平等センターで安倍氏と共に演説を行った。この時、彼の演説の途中で私が拍手を送ると、「今深谷最高顧問が拍手を送ってくれたが、これで私の話が正しいことが証明されたでしょう」と冗談を言い、私への気配りを忘れなかった。会場を去る時、グータッチではなく手をにぎって握手をしてくれた。まさかこれが今生の別れになるとは思いもしなかった。

 10日の開票の時、投票締め切りと共に朝日の当確が即NHKから流れた。万歳は控えて当選お礼の挨拶で済ませ、直ちに生稲事務所へ向かったが、当選の報がなかなか出ず外で待つこと3時間、ようやく決まったのは午後11時半であった。まさに真夜中、すぐ裏にあった居酒屋で事務所に居合わせた辻代議士、鈴木純都議、和泉区議、桑原氏と5人で祝杯ならぬ献杯で労を称えあった。 

 自民党は単独で改選過半数の63議席を確保し大勝した。

 憲法改正に前向きな「改憲勢力(自公、維新、国民の4党)」は国会発議に必要な3分の2以上の議席を維持した。思えば大勝も大平選挙と全く同じで、死をもって自民党を勝たせてくれたと私には思えた。

 翌日、10時、11時に朝日、生稲事務所で勝利報告会を開き、私もそれぞれで挨拶、だるまの目入れを行った。これで全ての選挙活動は終わった。

 週刊ポストの取材や、産経新聞の「浅草を語る」の取材をこなし、夜6時半からは「温故知新塾」で講義を行った。ようやく通常の暮らしに戻ったのである。

 終了後は松村夫妻馴染みの青山のすし屋で痛飲、前夜は睡眠不足で疲労困憊、珍しく酩酊したが、「戦い済んで日が暮れて・・・」といった思いで感慨無量であった。



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