第896回「感染拡大、五輪は順調」

 深谷隆司の言いたい放題第896回

 「感染拡大、五輪は順調」

 7月31日のコロナ国内感染者が1万2342人と過去最多となった。都内は4058人、大阪や神奈川、埼玉でも1000人を超えている。7月の4度目の緊急事態宣言は8月31日まで延長されたが、その効果は一向に見られない。

 一体何故なのか、尾身氏はじめ多くの専門家やらに聞きたい。彼らはどう減らすかを科学的に研究するのではなく、感染者や病院のひっ迫状況のひどさを強調するだけなのだ。マスコミも連日の報道でただ国民を恐怖に陥れるだけではないか。

 こうした時、一番大事なのは政治家の取り組み方だ。少数派からの非難を恐れるあまり、ただ規制の強化に走る、このやり方が元気な人たちから、職業や行動の自由を奪ってはいないか。

 確かに20代30代の若者が感染者全体の7割を超えている。しかし、コロナによる死者数はヨーロッパの主要国に比べて極めて少なく、決して深刻ではないのだ。

 又、高齢者の感染者数が非常に少ないが、これは明らかにワクチンのお陰で、私ら夫婦も2度のワクチン接種で大丈夫な筈だ。

 問題は1日も早く若い世代にもワクチンを接種してもらうことで、この促進の為に政治家がいかに働くかが問われているのではないか。

 困ったことに熱中症の発症による救急搬送が去年同時期の2倍超という。泣きっ面に蜂だが、熱中症こそ自分の注意で防げる。日中の外出を控え、暑さを避けて過ごす、水分をとる、人込みに出ないなどコロナ対策にもなるのだから、各人が自分の身は自分で守ることに徹しなければならない。

 幸いにも五輪のメダルが史上最多となって、無関心を装っていた国民も盛り上がっているようだ。

 地の利だと簡単に言う人がいるが、アスリートたちの努力は想像を絶するものがある。勝者も敗者もそれぞれに自分の苦難の歴史を持っていて、その歩みをたどると思わず感涙する。

 その感動こそが大事で、特に若者に夢と勇気を与えてくれる。

 政府は選手強化の為に、近年かなりの予算を組んできた。

 五輪招致前の平成25年度は約30億円だったのが、その後は100億円を超えている。そのような配慮を五輪が終わっても続けなければならない。

 五輪の後半もまたしっかりテレビを通じ応援したい。それにつけても、もし五輪が無かったらどうなっていたろうかと思う。おそらくコロナの急増に国全体がしょぼくれていたのではないだろうか。

 開催への批判や、コロナの威力に圧倒された寂しいオリンピックと言う人もいるが、開催して本当に良かったと私は強く思っている。


  

第895回「オリンピック開催」

 深谷隆司の言いたい放題第895回

 「オリンピック開催」

 開会式の直前、五輪開閉会式の演出統括小林賢太郎が解任された。過去のコントでユダヤ人大虐殺を取り上げて米ユダヤ系団体が非難していたという。

 「ユダヤ人大量惨殺ごっこをやろう」と話す当時の動画が拡散され、本人も「愚かな言葉遊びが間違いだった」と反省している謝罪コメントを出した。

 楽曲の制作担当の一人であったミュージシャンの小山田圭吾が過去のいじめで批判を浴び7月19日に辞任したばかりである。記録を見るといずれも理解できないほどひどい内容で驚かされる。何年前であろうと絶対に許されない人権侵害で弁解の余地はない。

 ただ、それなら中国の北京大会はいいのかと、最も人権侵害問題を抱える国の大会への疑問が改めて大きく感じる。

 1964年の東京五輪はどうであったか、57年前の時も準備計画の変更が相次ぎ組織委員会の無責任体質が批判の的であった。国民の関心についても56.8%の人が「私に何の関係も無い」と答えていた。

 あの頃の自分はと言うと、よく家内が言うが、それどころではなく、五輪の思い出はほとんどないと言っていい。

 1963年に27歳で台東区議会議員に当選、2年も経たないうちに都議会の汚職事件で未曽有の解散となった。私は怒りに燃えて無所属で出馬、残念ながら260票差で落選するという人生最大の岐路の時であった。

 日本は高度成長の真っただ中、荒廃から繁栄へと一気にせりあがった時代で、経済はあきらかに二重構造であった。大企業と中小零細企業との格差は大きく、高い切符を買って競技場に行ける人は限られていた。

 今大会はコロナ禍と酷暑、前例のない1年延期、無観客、トラブルだらけの五輪だが、評価は後世の人に任せればいい。

 かつての歩みを振り返ってみると、例えばモスクワ大会は各国のボイコット騒ぎがあったし、ミュンヘンではテロ事件があった。

 1920年のベルギーアントワープ大会は、第1次大戦の終盤で、4千万人もの犠牲を出したスペイン風邪の時代。それでも開催された。

 1940年には東京大会に決まっていたが日中戦争の批判や資材不足で中止となっている。その冬の冬季オリンピック札幌大会も中止であった。思えばオリンピックの歴史は驚くほど多難なのである。

 23日8時から始まった開会式で天皇陛下から開会宣言が読み上げられた。あの宮内庁長官の記者会見の言葉は一体何だったのか・・・。

 航空自衛隊の「ブルーインパルス」が大空に五輪の輪を描いたが、あいにくの曇りで鮮明に五輪を残すことが出来なかった・・・、でもそれがなんだ。

 朝日新聞などは相変わらず五輪を辞めるべきという姿勢を崩さない。反対の人のデモもあったが、始まった以上、日本の威信にかけて成功を祈り支えるのが当たり前の姿ではないか。アスリートに直接出場辞退を迫ったバカもいたようだが恥ずかしい限りである。

 私は真夜中12時まで開会式の模様を見ていた。演出は何とも地味で目立ったのは花火ばかり、期待が少し外れた感があった。しかし、競技場の上空にドローンが描く「地球」が浮かび上がってようやく一息つけた思いであった。

 205の国・地域と難民選手団の入場を見て、これだけの国から、世界を代表する最高のアスリート達がコロナ禍の中、日本に来てくれたのかと、それが最大の感動であった。 コロナ対策も含めて開会式に臨んだ選手は約6千人であったが、皆歓喜に満ちていた。開いてよかったとしみじみ思った。

 五輪史上最多の33競技339種目に出場する約1万1千人の選手たち、観客はいなくてもテレビ桟敷から何十億の人が声援を送っている。鍛え上げた技を存分に発揮してほしい。

 次の日本での開催を見ることは出来ない。私も各競技をテレビでじっくり見、心にとどめ、精いっぱいの声援を送りたいと思っている。


第894回「あきれた韓国の行状」

 深谷隆司の言いたい放題第894回 

 「あきれた韓国の行状」

 私が通産大臣時代、韓国の友人が多かった。大臣を終えた時、韓国の経済界代表や当時の大臣らが私ら夫婦をそれぞれ韓国に呼んでくれて慰労会まで催してくれた。

 あの頃の韓国と、現在の韓国はどうしてこんなにも違ってしまったのか、隔世の感がある。

 はっきり言って、もはや韓国は日本の良き隣人ではなくなった。寂しいというよりもあきれて、「ならばもう結構です」と言うのが正直な思いである。

 東京五輪で、選手村の韓国宿舎に、抗日の英雄とされる李舜臣(イスンジン)の言葉をもじった文言が、反日掲示物として物議をかもした。豊臣秀吉の朝鮮出兵の時の話で、彼らが作り上げた英雄だが・・・。

 バッハ会長は政治的宣言を禁止した五輪憲章50条に違反すると直ちに撤去させた。さすがと言いたいがこの人は公式の場で、日本国民と言うところを中国国民と言い間違えた人だから複雑な思いもする。

 韓国は選手村の食事に福島産の食材が使われる懸念から、近くのホテルに給食センターを設置し、自国の食材で弁当を用意し韓国選手に配っている。弁当特攻隊だとさ!

 韓国は東京電力福島第1原発事故を受け、福島県などの水産物の輸入禁止を継続している。しかし、放射性物質に関する日本の食の安全の検査は厳しく行われ、科学的安全性は確保されているのだ。五輪の祭典を利用して風評被害を助長する行為は断じて許せない。

 公式サイト上の日本地図に竹島が表記されていることや、旭日旗にまでいちゃもんをつけてきた。そして最後は韓国大統領訪日断念だ。

 五輪に合わせての訪日に強い意欲を見せていたのは文氏の方で日本側ではない。

 五輪で南北や米朝の対話再開の機会になると演説していたが、北朝鮮は4月には五輪不参加を表明、彼の期待はあっさり崩れた。

 又、日韓首脳会談が開かれれば対韓輸出厳格化の撤回という土産を手に入れると浅はかにも考えていた。

 日本側から言わせれば、徴用工訴訟についての解決策を韓国側が示すのがあくまで先決、これでは最初から折り合いの余地は全く無いことであった。

 そんな状態の中、在韓国日本大使館の相馬総括公使が「文政権の外交は独りよがり」と韓国人記者に話した。これは正論だが、その際に性的な表現を用いた不適切発言をしたという。馬鹿な外交官もいたものだとあきれ、更迭は当然と思うが、韓国側にとっては訪日断念の恰好な材料の一つとなった。

 1965年の国交正常化以来、最悪と言われる今日の日韓関係は文大統領が自ら作り出したものである。大統領の任期は来年5月までだから、これで任期中の関係修復は困難になったのではないか。

 本来、隣国を大事にすべきだが、それはあくまで良き隣人である場合で、今の韓国の状態を見るとそんな相手ではないと思われる。「まあ、無理して日本に来なくても結構」というのが率直な私の思いである。



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