第698回「7人の区議除名を」

 深谷隆司の言いたい放題第698回

 「7人の区議除名を」


 7月の都知事選挙の折、党の方針に反して行動した豊島、練馬の区議会議員に対して、「離党勧告、回答のないときは除名処分」となっていたが、いまだに結論のないままになっている。

 政党組織の上で大事なことは、責任体制と、規律の厳守で、これがないと政党を維持していくことは出来ない。

 都知事選挙で敗れた自民党東京都連執行部は責任を取って直ちに石原都連会長、内田幹事長等が辞任した。一方で7人の造反区議を処分することとなったのだが、これは当然の成り行きだった。

 しかし、二階幹事長の「打ち方やめ、時間が解決する」との温情で、離党届の期限を大幅に伸ばし、その間に行われた第10区衆議院選挙の状況を看ることとなった。ここで造反議員が他の自民党区議と協調し、自民党のために一致協力してくれればという期待感があったのだが、実際は全く違って、彼等は「7人の侍」とマスコミに持ち上げられ英雄気取り、我が物顔で振舞い、他の区議を阻害し、独断で選挙を進めたのであった。

 それでも選挙終了後、二階幹事長が食事に招いて更に融和を図ろうとしたが、これも拒否、天下の幹事長の会食を断るとは思いあがりもはなはだしいと私は腹が立ったものだ。

 下村新会長の元に小池知事から「彼等の声も聴いて欲しい」と連絡があり、2人の代表と会談、全議員から「身上書」を出すように求めたが、その期限が今日(125日)である。しかし、マスコミの取材によると、これも提出しないし、党に出頭することもないようだ。

 ここまでの充分な配慮が通じないのでは話にならない。既に23区区議連絡協議会、三多摩連絡協議会、都議会自民党等から、何故処分をしないのかとの抗議や決議が出されている。もはや考慮の余地はない。除名処分にするのが当然のことと私は思う。

 テレビの「ゴゴスマ」からの問い合わせに、この思いを伝えたら早速、今日の報道で扱い、都連最高顧問深谷氏は「7人の侍について世間では過大評価されている。都連側からすればそれほどの存在ではない。各支部からは処分しろとの抗議文が数多く来ており、処分の可能性が高い」「年内に除名すれば、翌年にはこの話題は忘れられている・・・」とのコメント、と流れた。

 来年の都議会選挙に小池知事がどう出るのか、あまり刺激しないほうがいいとの声もあるらしいが、陰におびえることはない。正々堂々、政党としての矜持こそ大事だと思う。

 前回の都議会自民党は公認候補全員当選という快挙を成し遂げた。しかしだからこそ余計心配になる。

長年選挙を経験してきた私から言えば、選挙は人生かけた戦いだ。各人がしっかり準備を重ね、応援者の強い支持で万全な体制を作ることこそ必勝への道である。どうか頑張って欲しいと心から願っている。



第697回「京都のふれあい」

 深谷隆司の言いたい放題第697回

 「京都のふれあい」


 娘恵理の「おもてなし教室」の京都での会で講演するために21日、家内も含めて3人の旅となった。

5日に護王神社130年祭で挨拶するために行ったばかりで、このところ京都に縁がある。

910分の「のぞみ」に乗ると、旅に出るという実感を得るために、いつものようにまずは乾杯となる。

 昼に基調講演を始め、後は「おばんざい」を頂きながらの(お酒も出て)トークショーだが、40人ほどの若い女性たちから活発な質問も出て楽しい雰囲気であった。「又聞かせて下さい」と皆さんから言われ、気分は満点であった。

 夜は「レストランよねむら」に、松村先生夫妻、高橋君も加わって痛飲、銀座にもある店だがご主人も出てきて味も愛想も上々であった。

  翌22日は、松下政経塾元塾頭上甲晃先生ご夫妻の案内で、「松下真々庵」を訪れた。ここは松下電器創業者松下幸之助翁がPHP研究のために建てた研究所である。第二次大戦後、日本の道義道徳は乱れ、人心荒廃はその極に達していた。これでよいのかとの疑問から、物心一如の繁栄をもたらすことによって真の幸福と繁栄を実現しようと、衆知を集め研究、実践する機関として設立したのがPHPであった。

研修所といっても桁違いに立派なものである。寄棟造りの建物、ロビーから見る東山を借景とした庭園、その奥の木立には南禅寺の三門も見える。琵琶湖から疎水を通じて水を引き入れた池には鯉が泳ぐ。  

地下には人間国宝の作品展示室もあって、軽妙洒脱な木下支配人の説明を聞きながら、時間のたつのも忘れた。

限られた人しか案内しないとのことであるが、あらためて松下翁の偉大さをみるような思いであった。94歳で逝去されたが、過日お会いした中曽根先生は98歳、この大先生達に私もあやかって、その歳まで生きたいものと思った。そう考えればまだまだ充分働ける筈なのである。夜は「萬重」で舌鼓を打った。

秋の京都は大変な観光客、ホテルなど超満員でなかなかとれない。どこへ行っても人人々で、特に外国人の観光客で溢れ、京都を満喫することは難しい。

それでも詩仙堂、曼殊院門跡などを回った。曼殊院では重要文化財「不動明王坐像」が特別公開されていた。火炎不動は私のお守り神、今後は非公開で二度と見られないと知って一層嬉しかった。

3日目は、松村先生ゆかりの中華料理店「星月夜」で昼食、町屋を改造した粋なつくり、味もなかなかで、勿論、しっかり飲んだ。

2012分の「のぞみ」で帰京となったが、「京都のふれあい」に満足し、少しばかり興奮も残っていて、あれこれ思い返し一睡もせずに過ごした。



第696回「思うこと」

 深谷隆司の言いたい放題第696回

 「思うこと」


 史上最低の不人気候補といわれたアメリカ大統領選挙で、トランプ氏が次期大統領に決まった。暴言の数々で顰蹙を浴びたが、在日米軍の駐留経費の負担増やTPPからの脱退など、特に日本にとって不安材料が多い。

そんな中、安倍首相がいち早くトランプ氏と初の会談を持った。会談内要は明らかにされていないが、マンハッタンのトランプタワーの私邸で行われたことや、当選後初めて会った外国首脳が安倍首相だったことなど、新しい信頼関係を構築する上で、良いスタートであったと思う。

 鳥越俊太郎氏は「駆けつけて会うのは、植民地の代表が「よく当選しましたね」って行くようなものだ」と批判していた。そんな古い感覚や物言いしか知らないバカさ加減に、知事選惨敗は当たり前と改めて思った。

 「安全保障から経済まで」日米関係は広範である。一層強固な同盟関係を築くよう官民挙げて努力しなければならない。


15日、作家の藤原ていさんが死去された。昭和24年刊行の著書「流れる星は生きている」は戦後の大ベストセラーとなり、映画化され話題を集めた。

終戦時の混乱で夫(作家新田次郎、シベリア送り)と離れ離れになって、3人の子どもを連れて満州をさまよい、壮絶な日々の中を生き抜いて故国に引き揚げて来た。その体験は私の場合と全く同じであった。

帰れぬと思った祖国に帰れた喜びに、大人達は日本の大地に頬を摺り寄せて泣いたものだが、そんな情景の中で、私の愛国心は芽生え、やがて政治家になってこの国の為に尽くそうとの志が生まれた。

波乱万丈であった政治生活を終えた今、あの頃の事を全く知らない人々に、1人の「語り部」になって伝えたいと、政経塾等様々な場所で講演を続けている。

明日(20日)から京都に行くが、仕事の中心は娘恵理の主催する「おもてなし教室」の生徒さん達への「お話」で、偶然だが「戦後の経験談を」との依頼であった。

藤原さんの次男は藤原正彦氏、彼の著書「国家の品格」は武士道精神を説き、ベストセラーになっている。

98歳まで生き大往生となった藤原ていさん、私も長生きしてまだまだこの国の為に精一杯働きたいものと思っている。


昨夜(19日)、「隆和ファミリー」の会が「浅草チアーズ」で開かれた。私たちが仲人をした人たちの会だが、思えば130組を超えている。

久しぶりに会えた人たちと和気あいあい、話は尽きない。それぞれが頑張っているようで嬉しかった。



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