第731回「韓国ぎらい」

 深谷隆司の言いたい放題第731回

 「韓国ぎらい」


昔は韓国要人に知己も多く、通産大臣を辞めた後など、何人かの大臣や財界のトップが私ら夫婦を招いて、ソウルで慰労会まで開いてくれたものだった。

大臣時代、国際会議等で私は特に韓国要人と協力し合い、両国にとって有利な答えを引き出したことも多く、一衣帯水の隣国として深い友情を抱いていた。

だがそんな思いは、正直消えつつある。

近年、韓国はすっかり様変わりして、日本を意識的に敵視するような傾向が強くなっている。政権の不人気を挽回させるために日本たたきが一番有効と思っているかのようである。

これまで日本は韓国国内の政治状況に左右され、そのたびに振り回されてきたが、もう限界を超えている。そんな韓国のご都合に合わせて右往左往することは金輪際やめるべきだと思っている。

当然のことだが日本人の韓国ぎらいは一層増えている。はっきり言って、日本人が韓国ぎらいになることは、彼等にとって大きな痛手になるのであって、日本にとって多少の不都合はあっても決定的に深刻なことではないのだ。

韓国が日本統治から開放された記念日と称する「光復節」の記念式典で、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は「慰安婦や徴用工の名誉回復、補償などが、国際社会の原則にあたる」と発言した。国際社会の原則とは、国同士の約束を守ることを言うのだが、あきれた勝手な発言である。

1965年の日韓協定で、戦後補償問題は「完全かつ最終的に解決された」と明記されている。日本が供与した無償資金3億ドルには個人の被災補償問題の解決金も含まれているのだ。

2005年、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権下での日韓請求権協定には徴用工も含まれ、賠償を含めた責任は韓国政府が持つべきだとの政府見解をまとめている。当時の主席秘書官は文大統領なのである。

韓国最高裁の判断は内外から疑問の声が多い。韓国では司法裁判まで民意に左右されているが、文大統領はその裁判の結果に基づいて問題を蒸し返そうとしているのだ。

大体、「強制労働」とか「強制動員」という言葉自体誤りである。当時の法令「国民徴用令」に基づいて、合法的に国民全体に行われたのが勤労動員なのである。

2015年年末、慰安婦問題も「最終的かつ不可逆的な解決」と日韓合意している。

にもかかわらず、日本大使館前や釜山の総領事館前の慰安婦像はいまだ撤去されず、それどころか文政権発足後、慰安婦像は韓国内の各地に次々と増設され、新たに徴用工像も設置され始めた。最近では慰安婦の人形を乗せた路線バスまで登場し、市長が記念乗車までする異様さだ。もうそんな国には行きたくもない。

北朝鮮の核や大陸間弾道ミサイル開発で朝鮮半島は今大変な危機にある。その北朝鮮と日韓政府の解決済みの問題を共同調査までしようというのだから、頭が狂っているとしか言いようがない。

一方で、文大統領は対日外交では経済や安保を切り離す「ツートラック政策」を志向しているという。勝手な話だが、明らかに韓国経済が上手くいってないからである。

韓国ぎらいはあちらの所為、しばらくは放っておくに限ると思っている。




第730回「悲喜こもごも」

 深谷隆司の言いたい放題第730回

 「悲喜こもごも」


88日、突然、関博之君が来宅した。私が自治大臣の時の秘書官だったが、今度復興庁事務次官に出世して、挨拶に来てくれたのだ。

このところ、通産大臣時代の政務次官であった茂木敏充君が経済再生担当大臣兼人づくり革命担当大臣に、更に同時代の事務秘書官齋藤健君が、実に3期生で農水大臣になるなど、かつての部下、後輩の諸君が次々と世に出ている。こんな嬉しいことはない。早速、都議に再選されたばかりの中屋文孝君(彼も私の大臣秘書官)に連絡して、仲間でお祝いの会を開くことにした。

7日は、惜敗した和泉ひろし君の為に、自民党台東総支部総務会兼選対会議の打ち上げ会を催した。浅草区民会館には台風の予測の中、実に500人もの人々が集まった。負けた時にこんなに集まるものではない。本人は「不徳の致すところ」と謙虚に詫びていたが、私は「不徳はスキャンダル続出の国会サイドにある」と話した。マスコミの過激な報道を含めて、あれでは自民党嫌いとなって、いい人達が軒並み敗れて不思議はない。無念だ。

次の辻清人君の選挙も、選挙区割りの変更も含めて決して油断できない。本人の強い希望で、私の総支部長続投が満場一致で決められた。あの選挙を機に「やめると決めていた」から、なんとも困ったことだが、後輩のためだから老骨に鞭打って?もうひと働きしなければなるまい。

8日には中央区の石島ひでき君が私への感謝の夕食会を開いてくれた。磯野、押田両区議も同席して痛飲したが、席上、築地市場の大火災の話題となった。

当然、地元都議が飛んでいって様々な手配をしなければならないのだが、都民ファーストの新人女性は顔も見せなかったという。改めて自民党議員が不在となったことの損失の大きさを痛感したものである。

お気に入りの日本橋「とよだ」の店だったが、そんなわけでもう一息盛り上がらなかった。


岐阜県高山市のキッチン飛騨河本敏明氏から「旭日双光賞授与」の喜びの知らせがあった。ほとんど同時に、同じ飛騨で「板蔵ラーメン」を経営している牧野秀也氏の訃報が届いた。

昔、私は後援会旅行会を46年も続けていたが、飛騨高山にも数回訪れた。その折に知り合い、以来、15年もの交流となった人達である。

河本氏が経営する店は、飛騨牛を提供する有名店だが、偶然家族で立ち寄ったら、先方から声をかけてくれた。通産大臣で選挙に敗れた直後であったが、「評判の悪い森内閣のためだ」と憤って、私を鼓舞してくれたのが付き合いのきっかけであった。

牧野氏の店で後援会旅行会の昼食をとったのだが、それが縁で、自宅にまで呼んでくれて三味線、太鼓で野趣に満ちた大歓迎の宴を開いてくれたりした。アイディアマンで次々に私を驚かせたものだ。訃報の手紙の最後に彼の直筆の別れの言葉があった。「突然、死の宣告を受けた、残念です。何も知らずに生まれ、何も知らずに死を迎える、それを人は人生として生きている。出会い、縁がありがたく、ただ感謝あるのみです。さよなら」とあった。悲しくて涙が出た。


わずかな数日間に悲喜こもごもの事柄がある。これからもこんな日々が続くのであろう。だからこそ一刻一刻を大事に、人との出会いを大切に生きなければと思っている。



第729回「ゴゴスマで激白」

 深谷隆司の言いたい放題第729回

 「ゴゴスマで激白」


別にそれほど大袈裟ではないのだが、83日のテレビ番組には、「大臣経験者緊急生出演 改造の裏側を激白」とあった。

CBCテレビのスタジオからの生放送だから名古屋日帰り往復だ。前回は一人旅、今回は和泉ひろし君が秘書として同行してくれて、なんとなく安心だった。

何度もゴゴスマに出ているが、ここはスタッフ以下いつも大歓迎で、「先生が出ていただいてから視聴率も上がり順調です」などと喜ばせてくれる。石井アナウンサーは格別進行が上手いし、常連の石塚解説者、今回の評論家角谷浩一氏もよく知っていて気分がいい。たっぷり1時間半、独り舞台でしゃべりまくった。

今回の第3次安倍内閣の顔ぶれを見て、どう思うかと聞かれて私は即座に、「安定重視内閣」と答えた。人事の上でサプライズがないとマスコミは言うが、政治に必要なのは安定した状況の中で、しっかり答えを出すことである。

なかなかバランスがいい。2年前の総裁選挙で安倍一強を批判して出馬を模索した野田聖子氏を総務大臣兼女性活躍担当大臣に据えている。お友達内閣といわれた批判を避け、挙党体制のアピールだ。彼女は27歳で岐阜県会議員に最年少当選、小渕内閣の時も37歳最年少で郵政大臣になった。総務会長を務めたがその役では私の後輩でもある。不妊治療、体外受精を経て身障者の子供を生んだが、けなげに母として頑張っている姿はまさに女性活躍大臣にふさわしい。

話題になったのは茂木敏充経済再生担当大臣兼人づくり革命担当大臣と斉藤健農水大臣だ。なんと2人とも私が通産大臣時代に仕えてくれた人なのである。

通産大臣の政務次官は2人いて茂木氏と、もう1人は細田博之元官房長官といった豪華さであった。茂木氏は政調会長からこのポストに入り、政策通として注目される大臣である。

通商産業大臣はその名の通り、国内産業育成と世界との通商行政が仕事である。いわば昼夜を分かたず24時間態勢で臨むのだが、それをこなすため斉藤健事務秘書官は、私の自宅近くのワンルームマンションに住んで万全の構えで対応してくれた。

通産大臣時代、私は政治家として最高の仕事を残したと自負しているが、彼等の支えのお陰であった。2人とも東大、ハーバード大学院に学んだ秀才で、今でも親しい交流が続いている。斉藤氏はまだ当選3回生、異例の抜擢だが大いに成果を上げて欲しいものである。

意外といえば河野太郎氏の外務大臣起用である。彼は河野洋平氏の長男で4代にわたる政治家だ。エキセントリックなところがあって、政審のメンバーの時、政策を通すために説明する議員に大声を出して追求するなど、あまり評判が良くなかった。森氏を念頭に老害追放を叫んで官房長官の叱責を受けたこともあった。しかし、一方で父親のために自ら肝移植のドナーになるなど情の深いところもあった。北朝鮮の危険な動きのある時、持ち前の大胆さで、断固日本のために、困難な道を切り開いてもらいたいものである。

大臣が決まる時の背景、その様子、又どんな心境であったかなど、私しか分からない裏話も出たが、その度に私の大臣時代の映像が流されて、なんとも懐かしく感慨無量であった。「かっこよかった」とは身内の弁。

温厚で誠実な小野寺五典防衛大臣、どんな政策でもこなせ、周囲の信頼厚い林芳正文科大臣、ハイジャック事件で犯人を捕らえ、警察庁長官、運輸大臣から表彰された中川雅治環境大臣、小此木八郎国家公安委員長兼防災担当大臣の父は大臣など大役をこなした故彦三郎氏で、私ともっとも親しい人であった。玉川大学では私の娘達と同窓で、野球選手の彼は生徒間で人気があったという。

党役員も重厚だ。二階幹事長、岸田政調会長と長年の友人達がいて頼もしい。

この顔ぶれで国家国民のために立派に成果を挙げて、支持率も回復して欲しいと心から期待しているが、そんな思いも熱心に語った。

帰途、新幹線の中で乾杯、気分最高、気持ちのよい1日であった。




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