第796回「物憂い日々」

 深谷隆司の言いたい放題第796回

 「物憂い日々」

 いい家族、良い友人に囲まれ、自民党政経塾、温故知新塾など仕事も順調で幸せな日々なのだが、連日の報道を見ると、なんとも物憂い日々と思う。

 もう韓国の事など触れたくないと思いながら、それでも不快な事を次々と繰り出す様子に怒り心頭だ。韓国国会議長の文何某、米通信のインタビューに「天皇が慰安婦に謝罪すれば問題は解決する、天皇は戦争犯罪の主犯の子ではないか」と発言、それをかの国のマスコミが唯々諾々と報道している。

 2015年12月の日韓合意で、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」をした両国間の約束の重みを一顧だにせず、許しがたきは昭和天皇と今上天皇への重大な非礼である。昭和天皇が何時戦争犯罪者となったのか、先の大戦で日本と闘った連合国すら、そんなことは認めていない。

 日本国及び日本国民統合の象徴であられる陛下への誹謗は、日本の国と国民を誹謗中傷する事で断じて許せない。しかも、こんな奴が過去「韓日議員連盟」の会長を務めていたのだから何をか言わんやである。


 安倍首相が10日の自民党大会で「悪夢のような民主党政権」と言った事で、国会で岡田克也がいきり立ち、野党も一斉に攻撃した。

 私は平成22年、「こんな政治じゃ日本が駄目になる!」(角川学芸出版)、24年「道のりはるか」(産経新聞社出版)を出し、民主党政権が如何にお粗末かを詳細書いた。

 鳩山由紀夫首相は選挙中、「国外移転、最低でも県外移転」と嘯いて、長い年月をかけて日米間及び地元も含めてようやくまとまりつつあった沖縄基地移転問題を頓挫させた。国の安全保障についてこれほど無知無責任な総理は見たことがない。彼は母から貰った莫大な金について貸付金と称したが、脱税を免れるために結局6億円近い税金をはらった。彼を支えた小沢一郎幹事長も金まみれでマスコミをにぎわせたものである。

 平成23年、日本列島を襲った大地震、大津波、テレビは一切のコマーシャルを止め、24時間被災地の状況を報道するほどの大災害となった。福島第一原子力発電所は次々と水素爆発を起こし、ついには本体破壊という最悪の事態になった。なんとその翌日、菅直人首相はヘリコプターに乗って現場を訪れた。ただ怒鳴るだけの視察と叩かれたが、その無計画性が混乱に拍車をかけてしまった。

 野田首相については自らを「ドジョウ」と称した事ぐらいしか印象は無い。

 まあ、こう見てくるとやっぱり「悪夢のような民主党政権」だったな・・・。


 堺屋太一さんの8日の逝去は私にとってショックだった。彼は私と同い年(83歳)、小渕、森両内閣で彼は経済企画庁長官、私は通産大臣を務めた、いわば同僚であった。委員会で私の隣に座っていたが、質問の途切れた時はもっぱら書きものをしていた。「団塊の世代」でベストセラーを出したが、きっと又小説を書いているなと思ったものだ。大阪万博など彼が果たした仕事は多い。

 同年代の人たちが次々とこの世を去る。物憂い日々なのである。


第795回「多忙、愉快な日々」

 深谷隆司の言いたい放題第795回

 「多忙、愉快な日々」

 1月30日、浅草公会堂で服部ゆくおさんの決起大会が行われた。1000人の前で彼との出会いを語り、如何に区長として評価が高いかを訴えた。

 彼は元は私のライバルであった故山田久就先生の秘書であった。故吉住区長もそうであったが、やがて縁があって私の陣営に参加した。彼は区議から2度都議に出馬して失敗している。1999年、私が当選し、総務会長になった頃、彼に都議補欠選挙出馬を促し、私の事務所も宣伝カーも提供、見事当選したのであった。5期務め、今度は吉住区長が病床に倒れた事を知って、彼に区長出馬を勧め、吉住区長の時もそうであったが、私が選対本部長になって当選した。

 3月区長選挙、あわせて区議選挙、4月には統一選挙となるが、多勢の後輩達を勝たせるために、私の獅子奮迅の戦いが始まる。愉快ではないか。

 翌2月1日、元代議士田野瀬良太郎氏の招きで2日間の奈良旅行を家内と楽しんだ。彼は私の現職時代の自称弟分、政治の世界で活躍を競い、かつ痛飲を楽しんだ。

 大阪の彼が創設した大和大学を見学、それから車で奈良に向い、明日香村の森川村長の案内で飛鳥時代の日本の歴史を探訪した。熱心な説明に、興味深々な私にとって感動の連続であった。

 古事記の上巻は神代の時代、中巻からは人の世の物語に入る。

 日向の高千穂からカムヤマトイワレヒコノミコトが大和に出陣、苦戦するが平定、橿原に都を作った。第1代天皇の神武天皇である。

 蘇我氏や藤原氏の葛藤が続いたが、常に天皇の権威は守られ権力は彼等が握った。権威と権力が画然と分かれた国柄を作った歴史は世界にない。

 キトラ古墳の重要文化財の壁画、玄武が公開されていた。壁画の書かれた石室は奥行き2.4メートル、幅1.0メートル、最大高1.2メートルと驚くほどの狭さである。7世紀末から8世紀にかけてつくられた古墳だ。壁画に描かれた架空の動物達は古代中国で東西南北の守り神であった。

 私は徳真会の松村先生に頼まれて、四神の内、青龍、白虎、朱雀を150号(畳3畳の大きさ)で仕上げ、彼の各診療所の正面に飾られている。残りの玄武はまだだが、いずれ北の診療所に飾られる予定である。特別公開の重要文化財に出会い、不思議なご縁に興奮した。夜はかの地で公演中の八代亜紀さんも合流し素晴らしい宴となった。

 翌2月3日は節分、恒例の浅草寺と護国寺で豆をまいた。もう50年も続けてきたが今年は本物の亥の年男である。浅草仲見世の行列でむかしは「ふかや!」と声が飛んだが今は無い。なんと8割近くが外国人なのである。護国寺は圧倒的日本人、頑張って下さいと握手を求められ満足だった。

 4日は党本部で地方選挙に向けて決起大会、私はいつものように檄を飛ばす役目、大声で獅子吼、まだまだ元気だと強調した。

 5日は自民党政経塾、13年目最後の講義だ。早いものでもう1年が過ぎる。素晴らしい塾生に恵まれ、「育する」を楽しんだ。あまり大勢で顔と名前が一致しないまま別れることになる。なんとも残念で惜別の思いに駆られた。

 各々の立場で、お国の為に元気で頑張ってもらいたいと祈るのみである。


第794回「文政権は狂気の沙汰」

 深谷隆司の言いたい放題第794回

 「文政権は狂気の沙汰」

 これは2017年9月20日の夕刊フジのタイトルで、韓国についての私の発言が写真入り、4段抜きで大きく載っている。

 当時北朝鮮が米国領グアムに届くような弾道ミサイルを発射したが、文政権は同盟国として当然批判すべきなのに、むしろおもねるように8億円を超える人道支援を検討したり、特に日本に対しては隙あらば事実無根の慰安婦や徴用工問題を蒸し返そうとしていた。

 私が通産大臣時代には親日派の友人が多く居たが、政権が変わるたびに「反日」が政治的安定のために使われるようになり、親日派は影を潜め埋没されていった。こうした国とはもう同じテーブルに着くのをやめていいのではないか、日本や極東アジアの安全保障に資することは少ないだろう、と記事で結んでいる。

 はっきりいって、今や、私の予言よりもっと文政権は左翼的に距離をおき、もはや同盟どころか敵国かとさえ思えるような状態になっている。

 徴用工訴訟で韓国の最高裁は資産差し押さえを認める決定を下した。この判断は史実をゆがめたとんでもない暴挙だが、これについて韓国政府は責任ある態度をとろうとしない。それどころか「司法手続きの一環」などと人事のような言い、それどころか、文大統領は年頭の記者会見で「日本の政治指導者らが政治的争点とし、論争を拡散させているのは賢明な態度ではない」と反発しているのである。勝手な日本批判だ。

 1965年の日韓国交正常化に伴う請求権協定で、日本は韓国に無償3億ドル、有償2億ドルの供与を約束し、請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」と明記されている。無償の3億ドルには個人の被害補償の解決金が含まれている。これは国際法上明確な事である。日本からのこの資金で韓国は奇跡といわれる経済発展を果たした。

 文氏は「三権分立の原則で司法判断は尊重しなければならない、日本もやむを得ないとの認識を持つべきだ」とも言っている。しかし、韓国では大統領に権限が集中し、司法にも影響力を行使できる。今回の訴訟で判決を下した最高裁長官は文氏が一昨年、地裁所長から抜擢した左派で鳴らした男である。

 韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊の哨戒機に火気管制レーダーを照射した問題でも、韓国はこれを認めず、海自機が威嚇的な低飛行をしたと事実に反する主張をし、なんと日本に謝罪まで要求する破廉恥振りである。

 韓国は自由、民主主義、法の支配といった価値観を共有する同じ陣営に属する国と言われて来たが、実はまるで異なる国、大きな勘違いだったのである。

 日米韓3カ国が協力して、台頭する中国に向き合っているなどというのも幻想に過ぎない。

 日本にとって韓国が重要な国であるとされてきたのは、東アジア地域における日米韓協力の枠組みを前提にしているからだが、それはすでに崩れている。

 はっきり言って、韓国と関係が悪化しても日本としてはほとんど困ることは無い。中国と違って韓国は脅威でもなんでもないのだ。無理して関係改善など考える必要はない。日本政府は毅然たる態度で接すればいいのである。



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