第871回「王毅外相何しに日本へ」

 深谷隆司の言いたい放題第871回

 「王毅外相何しに日本へ」

 中国側は菅政権発足後、王毅外相を早期に訪問させたいと日本政府に打診していたらしい。米国の大統領選挙の結果、新たなバイデン政権が誕生するにあたり、米国と密接な関係にある日本との対話を重視したいからだと言われた。

 聞こえはよいが私から言わせれば日米同盟に楔(くさび)を打ち込むために来たのだと思う。文字通り敵中に攻め入って、勢力を二分しようということだ。

 一方、日本側は10月6日に「自由で開かれたインド太平洋」外相会議を日本で開き、中国に勝手なことはさせないとの強固な結束を見せ、菅首相もバイデン氏と電話会談を行い、更にオーストラリアのモリソン首相とも対面の首脳会談を行うなど強固な連携ぶりを中国に見せつけた。いわば王毅外相訪日前に周到な環境整備を進め、安全保障で日本は強硬路線を貫く姿勢を示したのである。  

 24日、王毅外相との会談で、茂木外相は尖閣諸島周辺海域に関する日本の立場を説明し、中国側の前向きな行動を強く求めた。尖閣諸島周辺への領海進入など「力による現状変更の試み」を自粛するように求めたのだ。

 しかし、王氏は記者団の前で自国の立場を一方的にまくしたて、東シナ海の緊張は日本漁船に責任があるとした上で、尖閣諸島周辺海域に日本漁船に入るなと言わんばかりの暴言を吐いていた。茂木外相は私が通産大臣時代の政務次官、極めて優秀で、しっかりした政策を持っている人である。しかし、この会談ではもう一息といった感じだ。日本の立場を自信をもってはっきり言ってほしかった。   

 そもそも、尖閣諸島は国際法に基づいた日本の領土である。明治28年(1895年)閣議決定で沖縄県に編入した当時をふくめ、中国が領有権を主張したことはない。昭和28年1月の人民日報は日本列島として扱ってきた。

 尖閣諸島の領有権を中国が主張したのは昭和44年に国連が、周辺に豊富な海底油田があると調査結果を明らかにして以降なのである。

 王氏は尖閣諸島について自国の主張を守っていくと述べ、「敏感な水域における事態を複雑化させる行動を回避するよう」日本側に求めた。あきれた話で盗っ人たけだけしいとはこのことを言うのだ。

 菅首相とも会談したが、「安定した日中関係が重要だとして、尖閣周辺で相次ぐ中国交船の航行に懸念」を伝えた。いかにも誠実な言い回し方だが、相手はしたたかな上に傲慢な連中だ。政権初の中国要人との来日なのだから、いたずらに融和に傾きすぎず、もっと毅然とした言い回しで、日本の対中姿勢を示すべきではないかと強く思った。

 王毅外相は何しに来たのか、むしろこの来日で、習近平主席の国賓招待などまっぴらごめんとの思いを多くの日本国民がもったのではないか。



第870回「コロナに負けるな」

 深谷隆司の言いたい放題第870回

 「コロナに負けるな」

 18日、国内感染者は2200人を超え、過去最高を更新した。東京も500人近くなり、このままでは感染状況の警戒度が最高レベルに引き上げられ、また飲食店などが営業時間短縮などで苦労するのではないかと心が痛む。

 GoToキャンペーンで経済的に少しは回復の兆しが見えてきたのに残念でならない。どこへも出かけるな、食事の時もマスクを離すななどと、偉い方が口をそろえて言っているが、そうはいっても何でもかんでも自粛して、日々の暮らしを閉ざすわけにはいかない。 感染しない、感染させないために、今まで言われてきた衛生上のあらゆる手を完全に打って、元気に行動することが大事だと私は思っている。

 Tokyo自民党政経塾は、最悪の時はオンラインで講義して来たが、今は、800人入る自民党の講堂で、ソーシャルディスタンスを守ったうえで普段通りに授業を行っている。

 一番悩んだのは恒例の合宿をどうするかであったが、完全な対応を取ることを大前提に、断行することになった。

 11月14日、熱海の後楽園ホテルに82人の塾生が参加、これに事務局、学生部が加わって総勢100人余り、いつもよりは若干減ったが、みんな元気に集まってくれて、15回目の合宿となった。

 ホテル側も協力して盤石の対応、検温、消毒、会場も500人入る部屋で座席も大きく開けて座らせた。宿泊にも配慮したが、それでも用心して30人ほどが泊まらずに帰った。

 萩生田文科大臣はじめ国会議員の講師も一層熱が入って大いに語る。夜の宴会では、塾生は一切席を立たせず、私とマイクを通じての質疑以外は静かに粛々と食事会を進めた。

 翌朝6時半、熱海の海岸に集合して新鮮な空気の中で体操、5分間スピーチを指導した。コロナで発声練習は避けた。丁度その頃、水平線から見事な太陽が昇った。爽快で素晴らしい気分である。

 85歳の私はいつものように起きられるか、6時半の朝会に参加できるか不安があったが、全く元気いっぱい、若者に負けずに意気軒高であった。

 かくて合宿は無事終了、この合宿は我々にとっても塾生たちにとっても、コロナ禍の最中だけに強烈な思い出として心に残るものとなった。

 翌16日は渋谷での温故知新塾である。ここは塾生を10階と9階に分けて十分な間隔を開けている。コロナ不安で来られない人には講義内容をDVDで送ることにしている。今回の私の話は過日の東北旅行で得た話題を中心にした。

 山形で庄内藩校「致道館」を訪ねたが、江戸時代、全国の藩が藩士教育に力を注ぎ、最盛期には全国で255校に及んだ。

 庶民の教育も盛んで上方で「寺子屋」、江戸では「筆学所」が生まれた。それぞれ自然発生的に生まれ、子供らに読み書きそろばんを教えた。その数、実に16560軒といわれている。

 明治5年、日本初の「学制」が発布されるが、こうした状況が日本の教育立国の背景になっている。

 岩手では「宮沢賢治記念館」を訪れたが、一番有名な「雨ニモマケズ・・・」は、病気で花巻の実家で闘病中、使用していた黒い手帳に書かれていて、家族も知らなかったという。新宿で開かれた「宮沢賢治の会」に出席した弟が持参した皮トランクのポケットから偶然発見された。だから「宮沢賢治全集」には載っていないという。 

 わずか4泊5日の旅であったが、塾生に伝えたい話題は尽きない。「育するを楽しむ」、私の日々の暮らしは、若い人たちへの話題探しでもあるようだ。

 17日は中屋文孝都会議員の「都政報告会」が後楽園ドームホテルで行われた。私の秘書をスタートに30年余にわたる付き合いで、嫁も秘書で私らが仲人だ。立派に頑張っているが、来年の選挙が心配、全力で応援したいと熱弁になる。

 コロナ禍で、300人の参加者だけに入念な対応がとられていた。こんな状況の中、こうして集まってくれる後援者の気持ちがありがたい。感謝の心で頑張れと檄を飛ばした。

 厳しい時代だがコロナに負けてはいられない。一層自重しながら張り切って暮らす覚悟の日々である。



第869回「昨今あれこれ」

 深谷隆司の言いたい放題第869回

 「昨今あれこれ」

 GoToトラベルの騒ぎにつられたわけではないが、友人の松村、桑山さん夫婦と私ら夫婦の6人で4日から8日まで東北の旅をした。様々な地域を回り、あわせて私が描いた絵(150号〜300号の大作)を飾ってある歯科医療グループ徳真会の診療所3か所を訪ねようとの趣旨で気楽な旅であった。

 新潟を皮切りに山形、岩手、宮城と車で回ったが、見事な紅葉の連続で、日本は何と素晴らしい国かと改めて再認識、感嘆の毎日であった。

 山形では庄内藩校「致道館」を訪れた。退廃した士道を刷新して藩政の振興を図ろうと文化2年(1805年)庄内藩酒井家9代忠徳が創設した学校で、明治2年廃校に至るまでおよそ70年、多くの人材を育成した。

 江戸時代の学校には武士階級の子弟のための藩校と一般庶民の子弟のための寺子屋があったが、これらは日本の教育立国の背景になっている。

 山形から岩手の途中秋田を通過したが、「道の駅」に寄ると、そこには「祝 菅総理誕生」との横断幕、秋田は総理の出身地だが如何に喜びで沸き立っているかがうかがえた。私は各地の土産として「菅せんべい」を、わざわざ東京から持参したのだが、なんとここでは同じものが山ほど積まれていた。

 岩手県では「やぶ屋」の名物わんこそばを食べた。若いころ神田のそば屋で100杯以上食べて「関脇」の称号をもらったものだが、今回は37杯止まり、歳は争えないものである。

 世界遺産中尊寺の金色堂は堂全体が金箔で覆われ、中央にご本尊の阿弥陀如来、まさに極楽浄土を現世に表している。平安仏教美術の最高峰であった。

 山形のあつみ温泉、瀬見温泉、岩手の世界遺産の隠れ宿温泉・・・、老齢になると温泉は一番の楽しみであった。とはいえ、毎晩の肉中心の美食と痛飲、ここいらは自慢にはならないが若い者に負けてはいなかった。


 楽しい旅の間、もちろん内外の様子も気になっていた。国会では6日まで衆参両院で予算委員会が開かれていたが、立憲民主党など主要野党は質疑時間の多くを日本学術会議の会員任命見送り問題に費やしていて、相変わらず国民不在、不毛の論戦であった。新型コロナウイルスの感染再拡大の中、失業率の悪化など雇用情勢は厳しさを増している。外交・安全保障面では米大統領の行方が予断を許さず、南シナ海や東シナ海での中国の挑発行為も続いている。議論しなければならない問題が山積しているのにこれは後回しである。「桜を見る会」などの政権追及に固執して、国民から批判を集めたことなど馬耳東風、あきれた連中ではないか。その中で国民民主党の玉木代表が学術会議に触れず、「コロナ5策」を提案したことが唯一救われる思いであった。


 一方、世界の注目を集めていたのが米大統領選挙である。民主党候補のバイデン前副大統領が当選に必要な選挙人の過半数を獲得、勝負あったと思ったら、共和党のトランプ大統領は逆転を狙い、法廷闘争を開始した。法廷闘争は大混乱の長期化を招き、世界を不安定な状況に陥れる。さしずめ日本なら「不徳の致すところ・・・」などと言って潔く敗北を認めるところだが、トランプ氏には超大国の指導者にふさわしいふるまいは見られない。  

 両者とも選挙に膨大なお金をかけ、しかも相手を誹謗中傷し悪口雑言の限りを尽くしていた。そこには世界をリードする民主主義国家の姿が見られない。

 日米同盟を基軸にしている日本の立場を考えると今後に不安は尽きない。

 バイデン氏に祝意を表するタイミングについて菅総理も悩んだようだが、世界で4番目、一応第1グループで祝意を表明したが、そのあたりが適切であったと思う。

 「昨今あれこれ」、色々なことが続く近頃である。 


     


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