第673回「もう、歳ですから・・・」

 深谷隆司の言いたい放題第673回

 「もう、歳ですから・・・」


 最近のなんとも多忙な暮らしはどうだ。政界を引退したら何事にも制約されず、悠々自適に暮らせると思っていたのだが、「超」がつくほど忙しい日々となっている。

 周囲の人たちから、現役の頃と同じように会合の案内、相談、依頼、注文があって、これは嬉しいことなのだが、そろそろ「歳ですので・・・」と遠慮させてもらわないと、とは思っている。

 その上、というか、自分がやりたいことが多すぎて、実はこちらのほうが超多忙の原因なのだ。若い人を育てるための自民党政経塾も11年目、今年からは渋谷のクオーツタワーで新たに温故知新塾を始めている。

過日は大阪経済大学の恒例の講義で日帰りの強行軍、今日もこれから出かけるが講演も多い。依頼されている150号の虎の絵も目下苦戦中と、趣味の世界もやること山積だ。

 知事問題で一息尽いたが、次は誰かとかまびすしい。参議院選挙では中川雅治、全国区の片山さつき候補の応援に走っているが、台東区は都議の補選もあって、この人選も頭痛の種だ。

 というわけで、ついに22日ダウン、山口病院で点滴の羽目になった。数日来咳が止まらず、家内に散々言われてようやく山口先生に診察してもらい、気管支炎と診断されたのだ。もう少しで肺炎ですよと脅かされたが、病名が分かればそれほど心配することは無いと自分に言って聞かせている。

 その点滴の最中、鳩山邦夫氏の訃報が入った。思えば12年前、大腸がんの手術をした時、同僚の池田元政調会長の訃報が飛び込んできたものだ。

 いずれも私より年下の人だが、死はいつ来るかわからない。こればかりは寿命ということだ。

しかし、養生次第ということもあろう。せっかく皆が心配してくれるのだから、やはりこれからは自重しなければなるまい。

そんなことをぼんやり考えながら、パソコンを打っている・・・。



第672回「戦いすんで日は落ちて」

 深谷隆司の言いたい放題第672回

 「戦いすんで日は落ちて・・・」


 舛添氏の今の心境はそんなところではないか。辞めろコールの中、ずいぶん必死に延命を図っていたが、ついに矢折れ刀尽きて辞任となった。

 この大騒ぎの中、実は何度も彼から電話が入った。様々なマスコミから尋ねられたが、私は一切黙秘で通した。

2年前、当時の石破幹事長の懇請を受け、確認団体の選挙対策本部長を引き受けた。これは自民党の組織ではなく、公明党はじめ各種団体、例えば商工会議所、民主党の最大支持組織連合東京まで入っていた。

 当初私は、舛添氏について、自民党が逆境の時の姿勢が不満であったが、党人として引き受けた以上、「今日から好きになる」と心に決め、全力を挙げて応援した。不思議なことに、そう思って支えるうちに、徐々に彼の良さも分かり、行政手腕や都政への意欲も伝わり、本気で応援することが出来たのだ。

 ただ無事当選した後、なぜか疎遠になる。私も勝たせた後は押し付けがましく尋ねることは一切しなかった。

 一連の騒動の中で私が強く感じたのは、彼には適切なアドバイスをするよき友人、仲間がいなかったということだ。せっかく応援してくれた人々に感謝し、その人達との交友を大事にしていたら、もっと違った経緯になっていたのではないか。

 面従腹背の役人達におだて上げられ、いつのまにか裸の王様になってしまっていた。大名旅行と揶揄される外国視察で2億円以上も使ったと批判されているが、ぞろぞろ着いて行った役人に絡む費用のほうがはるかに多いのだ。

 辞めると決めた朝、彼から電話が来た。「爽やかに辞任の挨拶をするように」と言うのが私の精一杯の言葉であった。

 それにしても、近年のマスコミやネットの影響力があまりにも大きいことに驚かされる。あっという間に9割以上の人が「あの人は嫌い、辞めろ!」一色になるのだから恐ろしい。辞めさせさえすれば「あとは野となれ山となれ・・・」では無責任だし、改革改良につながらない。

 一つ間違えれば、悪評高かった中国の人民裁判の焼き直しになる。もっと冷静な対応があってもよかったのではないかと思う。


 もう、次は誰と候補者探しに興味は移っている。マスコミもそこのところを探りたくて私に何回も連絡がある。

あえて言えば、これからは派手なタレント的な人ではなく、地味だが行政能力のある人を出して欲しいと思っている。

18日(土)、唯一取材に応じたTBS報道特集(5時半頃からか)を参考までにご覧あれ・・・。


第671回「喜怒哀楽の日々」

 深谷隆司の言いたい放題第671回

 「喜怒哀楽の日々」


 この頃すっかりオールドパーに凝って、毎晩の一杯はほとんどこれである。なにしろラベルのトーマスパーさん、151歳まで生きて、しかも、その経歴が面白い。80歳が初婚で子ども二人に恵まれた。102歳の時村の娘にいかがわしい振る舞いに及んで刑務所に、120歳で再婚し、あまりの長寿にロンドンに招かれ研究対象、亡くなった時は70歳の身体であったという。そしてなんとウエストミンスター寺院にシェイクスピアらと祀られている。

日本の愛好者は明治の先駆者岩倉具視、昭和の大宰相吉田茂首相、今話題の田中角栄、そして深谷隆司だ・・・。

先週長野の友人がなかなか手に入らないオールドパー30年を結婚記念日祝いで贈ってくれた。そう、家内もこのウィスキーのファン、二人で大喜びであった。

都知事が連日猛批判の渦中にある。会見や、都議会の答弁のたび、都民の怒りはかえって大きくなっている。

石破幹事長(当時)の懇請で「座りがいい」ということで?選対本部長を引き受けたが、この騒ぎの中、今はなんとも座りが悪い。

「巧言令色少なし仁」というが、つまらぬ言い訳はやめて、こうなったら真実を全て明らかにするしかないと思うのだが・・・。

「やめろやめろ」の大合唱だが、さて今辞めさせて選挙をやることがいいのかなと、率直に言って首をかしげる。多額の都民の税を使って、さて、より良い理想的な人が出て来るのだろうか。下馬評の人はみんな?マークがつくしなぁ・・・。

ここは都議会の様子を見るしかない。

慶応大学名誉教授小林節氏が「新党怒りの声」を発足させるという。公選法の規定で候補者を10人以上立てなくてはならないが、とりあえず7人の名前を挙げた。なんとそのなかに俳優の宝田明氏の名前があった。かつては有名な俳優で「ゴジラ」の初代主役俳優であったが、会見に「ゴジラ」のフイギュアをもって現れた。なんとも茶番劇を観るようで哀しかった。

彼は満州からの引揚者で、何回かハルピンを訪ねたドキュメンタリーを見ると、私と家も近くどうやら小学校も同じらしい。会ってみたいとの思いもあったが、引き揚げ経験から単純な「戦争反対論者」らしいので止めたものだ。

私は引き揚げ体験から「この国をこよなく愛し、この国の為に人生をかけたい」と政治家になった。政治家として納得出来る歩みであったと自負しているが、3年前年齢を考え、後輩の辻清人君に全てを委ね引退した。

宝田氏は私より2歳上の82歳、いまさら国会に出ても、まったく働く余地は無い。役に立たないのに出馬するなど、年寄りの冷や水、ただ迷惑をかけるだけではないか。老人の最大のつとめは若い人を育てること、なんとも哀しい話だと私は思っている。

私は今、自民党政経塾、温故知新塾の塾長、先の大阪経済大学のように折々に大学にも招かれるし、種々の講演も含めて若い人を指導している。

最近、多くの有力者から「いっそ、知事に出てください」と、冗談ともつかず言われるが、そんな思いなど皆無、大局的立場ではっきり物を言い、警鐘を鳴らすのが私の役目と心得、いささかも揺るぎない。

「育するを楽しむ」と中国の言葉にあるが、特に若い人に囲まれている時が一番楽しい。彼等がやがてこの国を支えてくれる。私は幸せで、楽しい日々の連続なのである。



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