第769回「憂鬱な季節」

 深谷隆司の言いたい放題第769回

 「憂鬱な季節」

 夏が嫌いなわけではないが、西日本豪雨による大被害、台風、何よりもの連日の酷暑と続くと、さすが元気一杯を誇る私も憂鬱になる。気の滅入ることも多いい日々だけに、書けと言われても簡単に書けない「鬱」という字までわずらわしい。


 8月3日、長野県岡谷市の県議補選の応援に出かけた。総決起大会は「深谷元大臣来る」の前宣伝の故か?450人を超える満員盛況、久しぶりに私も熱弁をふるった。

 竹村安弘候補は私の青年局長時代から親しい後輩で、誠実で律儀、市議を2期つとめ議長も経験した、まさに県議にふさわしい人物で、私は孫安希与と共に意気揚々と臨んだものだ。

 しかも岡谷市には深い想い出がある。43年もの前になるが、市長選挙で現職市長だけが手を挙げ、無競争になるところ、若い人たちから推されて35歳の林泰章氏が出馬することになった。私は彼らの熱い依頼を受けて、党の反対を押し切って応援し、逆転当選させたのだ。私は39歳の働き盛りであった。以来、彼は市長を5期も勤めた。

 5日が即日開票日、残念ながら落選であった。翌朝の彼の声を聞いても慰めの言葉が見つからなかった。この歳になって、しかも他人の当落に眠れぬ夜を迎えようとは・・・、ああ、選挙とは空しいものである。


 このところ世間の話題を集めているスキャンダルのなんと多いことか。

 馬鹿息子を税金を原資に裏口入学させた前代未聞の文部官僚、その大学は女性を入れたくなくて全員一律減点していたという時代錯誤のお粗末・・・。

 アメフトで不当なタックルを強制し怪我をさせた前監督、そこから日大理事長をめぐる使途不明金などの疑惑問題までが浮上した。第三者委員会が報告書を出したが、その前に「俺に歯向かった奴は居なくなる」と反省の色もない。一切の説明もなく雲隠れしているが、本当は小心者に違いない。

 日本ボクシング連盟の終身会長とかいう男のふざけた言動はなんだ。アスリート助成金の不正流用と隠蔽工作、奈良判定といわれる不正審判強要、ロンドン五輪金メダル村田選手のプロ入りに猛反対し、所属事務所から2000万円も払わせたワンマンぶり。 反社会的人物との交流も問題になっているが、あの不逞な態度、服装、サングラス、その心根まで、「やくざ」そのものではないか。

 こうした一連の問題処理に当たるのが文部科学大臣、せっかく作ったスポーツ大臣なのだが、なんとも歯切れが悪い。「教育上よろしくない」と断固たる態度をとるべきだ! ああ、なんと憂鬱な季節か・・・。




第768回「隅田川花火・・・など」

 深谷隆司の言いたい放題第768回

 「隅田川花火・・・など」

 西日本の豪雨で200人以上の方が亡くなり、被災者は今も苦しまれている。その上の台風12号でまさに災害列島、心からご冥福を祈り、1日も早い復興を祈るのみである。

 亡くなった方の半数は土砂被害であった。自衛隊の諸君が胸まで土砂に埋まりながらの救出作業、消防隊、警察官、役所の人々など、そのご苦労に頭が下がる思いである。知事からの要請で三入(みいり)小学校で入浴支援を行っている時、低学年の女の子が手紙を自衛官に渡した。そこには感謝の言葉に添えて、敬礼する女の子のイラストが書かれていた。自衛官はそれをコピーし、皆に配って「お守り」にしたという。そんなエピソードに触れて胸が熱くなった。


 台風のため隅田川花火大会が1日延期で29日になった。この日は稲城市のわかば台デンタルクリニック(徳真会松村理事長)で私が書いた150号の書「夢限りなく」の除幕式、花火見物は来年までお預けとなった。

 隅田川花火の歴史は古い。享保17年、全国的飢饉、江戸でのコレラで多くの人が亡くなった。八代将軍徳川吉宗は鎮魂のために翌年両国橋で水神祭を行い、その余興として始めたのが花火であった。

 明治維新や大東亜戦争などで中断があったが、特に戦後は水質汚濁、交通渋滞等で長らく行われなかった。都会議員になった私などが中心になって復活運動を展開、秦野章元警視総監を知事候補に担ぎ上げた時には、「花火復活」を公約にも盛り込んだものである。

 1978年、ついに復活し今年で41回目になる。郵政大臣の時には、みのもんた氏、浅香光代さんらとテレビ中継などにも出演した。

 約87万4千人もの見物客が2万発の花火を楽しんだが、隅田川花火大会は私にとっても忘れられない想い出につながっているのである。


 除幕式の後、日野市にあるステーキレストラン「大洋軒」で会食した。実は萩生田官房副長官から、「このご主人から、深谷先生を連れてきてくれと何度も言われた」と聞いて、喜んで出掛けることにしたのだ。

 「うかい亭」のトップシェフが独立して作った店だが、昔、家族と何回か来たことがある。なんと40年ぶりの訪問再会で、オーナー夫婦が小躍りして喜んでくれた。

 出会いめぐり合いの不思議、面白さを噛みしめながら、萩生田副長官差し入れのシャンパンで痛飲したものである。


 翌日は自宅で石塚台東自民党総支部長、和泉前都義、石川、太田両区議らと、来年の地方選挙の打ち合わせ、夜は「温故知新塾」で1時間半の講義、最近は講義が終わると「出待ち」の塾生が10人ほどビルの前に居る。

 今日(31日)は、これから松村先生ご夫妻と家内共々箱根の湖水祭に出掛ける。明日は箱根神社例大祭、夜は戻ってビューホテルでの「木曜会」と続く。3日からは竹村安弘県議候補の選挙応援で長野県へ、孫の安希与が老体を心配して同行してくれるので安心である。


第767回「高温注意情報」

 深谷隆司の言いたい放題第767回

 「高温注意情報」

 岐阜県など、なんと40度を越すところもあるという酷暑、消防庁によると、9日から15日までの1週間で全国で1万人以上の人が熱中症で病院に運ばれたという。5年ぶりの猛暑に気象庁は高温注意情報を出した。

 特に心配なのは西日本豪雨で大変な苦労が続く人々の事である。なれない避難所での生活、炎天下の復旧作業で疲労は限界近くになっているのではないか。

 警察、消防、自衛隊、地域行政職員、更に多くのボランティアの方々のご努力には頭が下がる思いだが、「決して無理をせずに自分の体をいたわりながら頑張って下さい」としか言いようがない。

 それにしても2年後の東京五輪、暑さは大丈夫なのか。今から酷暑を乗り切る手立てを真剣に考えていかなければならないと思う。


 東京五輪といえば、目下一番苦労しているのが森喜朗氏である。幻冬舎から出した「遺言 東京五輪への覚悟」を読むと、癌と戦いながら悲壮な覚悟で努力している姿がわかる。しかも、一部マスコミの誤った報道や批判、猪瀬元都知事の杜撰な計画、無責任な言動、更に極めつけは小池知事だが、あらゆる機会に彼の足を引っ張ってきたことが具体的に書かれている。今でこそ実像がさらけ出され、小池ブームなど跡形もないが、一時は森氏を悪役に仕立てあげ、自分が五輪を牛耳ろうとしたことなどもあったようだ。

 平和と繁栄に貢献している日本の姿を国際社会に示す絶好の機会が東京五輪だ。又、国内経済を繁栄させ、五輪を見て感動する若い人達は愛国心も涵養される。

 まさにオールジャパンの体制で臨むべきが東京五輪なのだ。この成功のためにみんなで協力しなければと強く思っている。



 暑さの所為ではなかろうが、13日、演出家の浅利慶太さんが亡くなった。昔、石原慎太郎氏が都知事選に出馬したことがあったが、その時の参謀として集ったのが中曽根康弘氏と浅利氏、佐藤孝行氏、飯島茂氏(政治評論家)と私の5人であった。戦後日本の演劇界の最大リーダーであった浅利氏は、劇団四季を大成功させた人だけに、選挙でも数々の演出、アイディアを出したものだ。この選挙は美濃部氏に敗れたが、私は石原裕次郎氏という盟友を得た。素晴らしい人だったが52歳で早世した。そういえば裕次郎はこの7月17日が命日であった。


 女房は猛暑に弱り気味だが、私は元気一杯、自民党政経塾、温故知新塾で教え、丸川参議院議員、中屋都議会議員の大会などで連日獅子吼している。


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