第778回「さよならだけが人生だ」

 深谷隆司の言いたい放題第778回

 「さよならだけが人生だ」

 唐代の詩人于武陵の詩「勧酒」の井伏鱒二妙訳に、「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」というのがある。

 実際人生に別れはつきものだが、私の周りでこうも別れが続くと、本当に人生ははかなくて寂しいと思わずにはいられない。だからこそ、この時を大事にしようとは思うのだが・・・。

 前号で大阪の盟友松本隆三氏の逝去について書いたばかり、今日は長崎県の高田勇前知事のお別れ会だ。

 一昨日(10月20日)、敬愛してやまない芦田淳先生が亡くなった。


 芦田先生は皇太子妃美智子様の専任デザイナーを10年務めたことで知られた世界的なファッションデザイナーである。

 家内が先生のプレタポルテの服を好んでいた事から、家族ぐるみの交流が始まったのだが、以来、50年近くになる。その頃、私は東京都議会議員であった。


 昭和47年、私が無所属で衆議院議員選挙に初出馬した時、地元田中小学校講堂での超満員の演説会に、娘多恵さん(現在立派な後継者、ファッションデザイナー)と訪れ、誰にも気づかれぬようにして応援してくれた。当選するやシャンパンを持って自宅に飛び込んで来て男泣きした。


 私がフランスに行った時、現地に店舗を持つご夫妻が同行してくれて、家内と共に4人で想い出に残るパリの日々を楽しんだ。

 京都にもよく行った。私が国会の武闘派として少しばかり話題になった頃、どちらが多く振り返えられるかと競い合ったりしたこともある。今思えば大人気ない話である。

 何故か会食する時、私と口論し始めるのが常で、お互いの女房から「まるで子供みたいで・・・」と笑われたものだった。

 私が選挙に敗れた時代も、その応援ぶりはいささかも変らなかった。逆に困ったことがあると5歳下の私に何くれとなく相談してくれた。

 バブル時代、莫大な資金を用意してゴルフ場を作ろうとしたことがあった。周囲から依頼されて、ほとんどまとまりかけた話を、私が断固辞めるよう説き伏せた。後日、「あの時止められなかったら、全てを失ったであろう」と最後まで感謝された。


 病魔が襲い、近年、病院暮らしも多かった。完全看護の体制の整ったご自宅に戻ったが、奥様に何度も「深谷に会いたい」とせがみ、その度に駆けつけた。

 昨日、最後のお別れに行った。もう、このお顔を見ることができない。脳裏に焼き付けるように、先生の顔を見つめた。

 さよならだけが人生だ・・・。 あまりに悲しくて涙が止まらなかった。 



第777回「会うは別れの始め」

 深谷隆司の言いたい放題第777回

 「会うは別れの始め」

 盟友の松本隆三さんが10月14日亡くなった。80歳である。

15日の通夜は、温故知新塾の講義の日と重なり行けなかったが、翌日の告別式には家内と共に出かけた。朝9時過ぎに東京を出て大阪での告別式が終わるや、直ちにトンボ帰り、夜7時からの自民党政経塾の講義に間に合わせた。まさに強行軍であった。


 1983年、その頃付き合っていた大洋ホエールズの平松政次投手が念願の200勝を達成、私の家族一同で向島の料亭櫻茶ヤに祝いの席を設けた。その時、彼の大阪後援会長であった松本さんが同席され、それが縁で格別親しくなり、実に35年にわたる長い交流となった。

 松本さんは大阪で会社を営み、優良納税者会の会長を務め、私を何回か講演の為に呼んでくれた。恒例の大阪経済大学や関西大学に講義に行くと、いつも自ら車を運転して送り迎えしてくれ、講義にも必ず同席した。その度に講義に感動したと言い、生徒が居眠りでもしていると、学長に直接文句を言う人であった。

 律儀で頑固一徹な人だった。

よくご夫妻と京都で遊んだ。料理屋で気に食わないことがあると突然怒り出したりして周囲を困らせたが、私から見るといつも筋が通っていた。

 政治についても一言居士で、政治や政治家のありように大いに不満を持っていたが、私に関しては全て文句なし、どんな時でも最大の理解者、信奉者であった。

 私が大臣時代も、落選して苦境にあった時も少しも変わらず私に接してくれた。どんなに彼の存在で私の心が癒されたことか・・・、今思い出して涙が止まらない。


「会うが別れのはじめ」と言う。出会った人とは必ず別れが訪れる。特に私の場合、政治家ゆえに大変な数の人と出会い、別れ、見送らなければならなかった。

 出会いは別れをもたらす、人の世の無常なのである。別れの悲しさ、愛のはかなさ、それは出会う喜びがあったからこそで、だから別れが訪れるまでの時間を大切にしなければならないと改めて思う。


 昔、私の自治大臣時代、長崎雲仙普賢岳の大災害復旧復興のために、1千億円の基金を大臣の決断で決めたことがある。その時、何度も陳情に来られたのが高田知事であった。9月8日に92歳で亡くなられたが、お別れ会が今月22日にある。 

 県からの要請で私はお別れの言葉を述べるために長崎に行く。

又、「会うが別れ」の寂しさをかみしめねばならない・・・。




第776回「ノーベル平和賞とは?」

 深谷隆司の言いたい放題第776回

 「ノーベル平和賞とは?」

 今年のノーベル平和賞が誰になるのか気になっていた。マスコミ等の事前の予測で韓国の文大統領、北朝鮮の金委員長、更に米のトランプ大統領の名前まで上がっていたからだ。

 文大統領が北朝鮮にのめりこんでいく姿は、やはり同胞意識としてやむを得ないとは思うものの、肝心の核廃絶が進まなければ何の意味もない。いままで何度も北に騙されて、結果的に核保有国にしてしまったのは歴代韓国大統領ではなかったか。

 おまけに、真実に反する慰安婦問題を喧伝し、世界に慰安婦像を拡散させている。最近では主権の象徴ともいうべき自衛隊の艦旗「旭日旗」にまでいちゃもんをつける。旭日旗を「戦犯旗」と言う韓国の主張は一分の理もない言いがかりだ。 

 国内法で掲揚が義務付けられ、国際法上でも国の軍隊に所属する船舶を示す「外部標識」、しかも半世紀以上にわたって行なわれており、国際的な慣行として確立している。

 日本は5日に行なわれる予定の韓国での国際観艦式への護衛艦派遣を見送った。当然の事だが政府の毅然たる姿勢を評価したい。同盟国に対して平気で主権侵害を行う大統領に平和賞などとんでもないことだ。

 金委員長などは論外だ。北朝鮮当局による拷問、公開処刑、外国人拉致、意思表示の権利剥奪、強制収容所では裁判もせず処刑されているという。300万人以上の餓死者を出した問題も含め、人権問題が国連でしばしば取り上げられ、決議案も採択されている。どこをとっても平和賞に価する筈もない。

 トランプ氏は日替わりメニューで何を考えているのかわからない。大統領選挙時は日本バッシングが目立ったが、安倍総理と親しくなって最近は良好な関係だ。しかし、6月の日米首脳会談では「真珠湾攻撃を忘れないぞ」と二国間通商交渉を迫ったりする。

 中国の習主席を友人だといいながら、中国製品に多大な関税をかけ、中国も報復処置で対抗、今や米中貿易戦争は世界経済に悪影響を与えている。

 北朝鮮問題でも金委員長を「チビのロケットマン」「狂った男」と言ったかと思うと、シンガポールのセントーサ島で史上初の米朝首脳会談を開くと、いかにも親しげな態度をとる。

 朝鮮半島の「終戦協定」を「平和協定」にするという動きに対しても賛意を示す。そうなれば38度線は対馬海峡まで広がり、日本の脅威は高まる一方だ。


 幸いノーベル平和賞はコンゴの医師とIS被害女性に決まったが、平和賞に関しては今までに首を傾げたくなるような人物に与えられ、不信感はぬぐえない。

 一方、京都大学の本庶佑特別教授がノーベル医学生理学賞を受賞した。本当に嬉しい。

 2000年以降、日本人のノーベル賞受賞者は18人に達した。実証主義である科学の分野で、このような成果を挙げた事は本当に見事だ。日本人の素晴らしさに改めて感動している。


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